「私は里人の為に花をたおりたく存じます。何所か綺麗な花が沢山咲いている所がありましたら連れて行って下さりませぬか?」
「そ、そうじゃ! 良き所があるぞ!」
家臣達は侍女に食べ物を用意させ、花が沢山咲いている小高い丘へ幸姫を案内した。そこは一面、美しい花が咲き乱れており、幸姫は花の中へ分け入って、それぞれの花の香を感じた。
「ああ! とても良い香り!」
「あの……姫様? 風神丸の姿が見えませんが」
幸姫は皆に気取られぬ様にほほ笑みながら、
「風神丸にはこの頃、可愛いお相手が出来たみたいですよ! 私よりそのお相手の方が良いのでしょう!」
「それはまるで保些殿みたいですなあ! 御用が済まれると直ぐに姫様の所へすっ飛んで来られます。あっ、とんだ失言を……。申し訳御座いません」
家臣達はその場にひれ伏して幸姫に謝った。
「私も保些殿が傍にいらっしゃると嬉しいですよ! それよりこの花の園はどこまで続いているのですか? こんなにも広く綺麗な花が咲いている所は龍神守の里にも在りません」
そう言って突然走り出すと、家臣達は慌てて追いかけ、幸姫の前に立ち塞がり、両の手を上げて止めた。
「姫様。この先は大地の穴が在ります。とても深い穴で底が真っ暗で見えません。クニの者は地獄の番人の口だと言って恐れ、誰一人近寄る者はおりません。さっ、危のう御座いますのでどうぞこちらへ」
「まあ怖い……」
幸姫はちらっと穴がある方を見やり、そして侍女が持って来た食べ物入れにそっと忍ばせていた酒と杯を出すと、皆に注いだ。
「うわあ! 酒だ!」
「姫様、何時の間に……」
「里人達を忍んで、一口飲んでは下さいませんか」
幸姫は皆に杯を渡すと、次々と酒を注いでいく。
「姫様……」
家臣達は皆、瞳から流れ落ちる涙を袖で拭うと、酒をぐいっと飲み干した。そして幸姫も一口そっと飲むふりをして、歌いながら自慢の舞を踊り始めた。
家臣達と侍女は優雅な舞に見とれ、さらに酒をぐいっと一気に飲み干した。暫くすると家臣と侍女はその場に寝込んでしまった。幸姫は酒を杯に注ぐ時に、姉姫の清から貰った眠り薬をそっと入れていた。
「龍神守の里を攻め滅ぼした保些殿を、笑顔でお迎えすることは出来ません。私の心は憎しみの闇に閉ざされてしまうでしょう……」
幸姫は花束を持って地獄の番人の口という切り立った崖の淵に来ると、足元にそっと手折った花束を置いた。そして手を合わせ、すっと地獄の番人の口に身を投じた。