夢解き

私はどちらかといえば寝起きが良いほうなのだが、今朝はどうも調子が悪い。たしか夢の中で、お幸せに、とかなんとか言われた気がするが、とても「お幸せ」な気分ではない。

(なんで静真の野郎の夢なんか……)

夢の灰色が脳の中に充満して頭が重い。

(あいつ、なんて言ってたっけ?)

灰色の病院と、その受付に神﨑がいたのは覚えているが、どんな会話をしたかあまり覚えていない。ただ、こちらの心を見透かすような、どこまでも漆黒のあの瞳が脳裏に焼き付いている。

(見透かすって何を?)

私は不意に背筋が寒くなり、枕もとのスマートフォンを手に取ると、海人に電話をした。

「おはよう。どうした、朝早くに」

「いえ、ちょっと夢見が悪くて」

「そんなことで? なほ子でも夢を気にするの?」

「気にしてるわけじゃ……ただちょっと気分が悪くて」

そんなことで、と言われて私は少し腹が立った。

「気分転換で俺に電話したわけか。今日は五時に待ち合わせだったよね?会ってからその夢の話をゆっくり聴くよ」

ゆっくり聴くよ、と言っていた海人であったが、実際には全く興味を示さなかった。

「で、その病院がコンクリート打ちっぱなしで凄く無愛想な感じなのよね……実際には、その病院は白い建物で、中庭に綺麗な花壇があるのに」

海人に電話した後、私はI病院をネットで検索した。外壁は白く塗られ、患者が散歩するための中庭があり、いかにも「患者に寄り添っています」といった感じをアピールしていた。夢とはずいぶん違う。だが、私が生まれた当時は夢の中のような建物だったのかもしれない……と思うと、なんだかゾッとした。

「まあ、夢だし、そんなものだろ? ところでこのワイン、美味いな。俺、あんまりワイン飲まないんだけど、これは気に入った」

このパターンは前にもあった。父の夢を見た話をした時もこんな反応だった。興味が無いなら仕方ない、と思っていた。しかしラグビーに全く興味が無い私は、ラグビーの話を熱心にする海人の顔を見るのが好きだ。話を遮ろうとは思わない。私は海人が父と同じくフィクションに興味が無いことを知っているから、海人に好きな小説の話はしない。

しかし夢の話くらい聞いてくれてもいいように思う。私が見た夢に興味が持てないなら、それは私自身に興味が無いのではなかろうか。そんな疑念が持ち上がってきて、私は、これは言うまいと思っていた人物の名前を出した。

「神﨑さんが出てきたの」

「何?」

海人が始めて、興味ありそうな顔をしてみせた。

「夢の話。病院の受付に神﨑さんがいたの」

「病院に静真がね……」

海人はちょっと嘲笑うような笑みを浮かべ、「あいつ、今何やってるか知ってる?」と、私の反応を伺うように訊いた。

「心理カウンセラーとか聞いたけど」

「“夢解き”だと」

「夢解き? 何それ。ニホちゃんからもらったメッセージには、深層心理に働きかけて、とかなんとか書いてはあったけど」

「あいつ変な論文書いてさ。自分は子供の頃から夢を通して人々の深層心理に入っていくことができたって。それが心理学を勉強した今では、ただ入っていくばかりではなく、そこでカウンセリングを行うことができるようになった、って言うんだ」

「………」

「馬鹿みたいだよな? 病院に静真がいたのは、あいつが病院送りになる正夢なんじゃないか?」

そう言って海人は笑った。