『こまち』

「静かだね」

「二人もいるのに」

不意に間近で()()(ちょう)がベルカントで歌いだす。

「カンツォーネ。中国の鳥が。嫌われても平気。(うぐいす)真似たり、杜鵑真似たり、おふざけもする」

啼き止んでも、続きを待って耳を澄ます。

「鳥はいろいろ来るのよ。すぐに往っちゃうけど」

「あなたは……愉しい。絵も好きだね」

「実家にたくさん……ここはわたしが買った物だけ、狭いし……精神安定剤。薬」

「……穏やかだ……あなたといると息苦しくない」

「人嫌い?」

「かな……できれば敬遠したい」

「……わたしも、静かなのが好きよ」

せっかくのお日和だからと誘って裏木戸から林に踏み込む。(くぬぎ)小楢(こなら)に混じって山桜もえごの木もある。ポップコーンみたいな白い小花が散り敷いている。山藤が高く絡まって白い花房を垂れている。小さい鳥たちが斜交(はすか)いに木の間を(かす)める。

「いい雑木林。わたしが戻ってきた頃は春蘭も(ぎん)(りょう)(そう)もまだあった」

「ずっと住んでいるんじゃないんだ」

「うん。訳あって」

声は暗くない。林の外れまで来ると崖で、遠方に私鉄の駅がある台地。中間に川の土手が見える。あの川には鯉がたくさんいる。鴨も家鴨(あひる)もいる。白鷺も、時にはゆり(かもめ)も。この林には狸の一家も蝦蟇(がま)もいると言いながら帰ってくる。手を繋いでいる。人嫌いとは違うんだろうな、と思いながら手に力を籠める。