「あの、名前教えて」
次に来た時、真っ先に訊く。
「いっしょにいると訊くの忘れちゃって。長閑だから」
そう。
二人ともなんだかはにかんでしまって、スマホにアドレス入れたりしながら
「ついでだから……僕と十違いで……三十……いくつ」
「三十五。あなたは二十歳そこそこ」
「やったね。七つ違った」
「男は若く見られるの厭ですって」
「あなただからいい。どうして……きっと……経験豊富だろうに……」
「失敗の経験は……豊富でもない」
明るい声だ。画眉鳥だ。
「お客様だと気疲れする。サンルームの方に」
仕事用に仕切ったから、と言い訳しながら、玄関から書斎と反対側のトイレや浴室の先のDKを抜けた広間の障子を開け放ってサンルームに出る。居間の廊下を改築したんだって。居間に二〇号のセザンヌの絵に似た静物画がある。
「気分次第。明る過ぎる時は障子を閉めて中に籠る」
ここからも林に降りることができる。
「お使いだてしますが、このソファをそこに移して」
居間からサンルームに。
「これ、二人掛けはラブチェアなんだよ」
「ラブが蔓延る世だなあ」
「便乗しよう」
横顔を見ながら恐る恐る肩に腕を回す。抵抗がない。抱く。緊張が緩んで頭を凭せてくる。
「淳さんて呼んでいい?」
「好きな名前。ここの両親が付けてくれたんだって」
「……やっぱり……複雑そう」
「シンプルよ。親の願いだって」
「……親孝行だね……」
熊ん蜂が庭の真ん中でホバリングしている。突然真横に流れて、また戻ってくる。肩に頭を凭せて寛いでいる。半睡の眼に白牡丹が崩れて散る。百合水仙の花の筒に揚羽が来て長い間止まっている。翅が動かなくなると細い花は苦し気に項垂れる。蝶は驚いて羽ばたく。花の群の中のその筒だけ。とうとう離れた、と思えばまた舞い戻って、口吻を差し込む。
口づけして、淳さんと呼んでみる。うん、と吐息して動かない。波長が合っている。独り暮らしが二つ触れている。晩飯のことで言い争いして男が勝って、外食に出ずに保存の朝食を二食分平らげて、帰りたくない男を押し出しながら呟くには
「人を想う気持ちって複雑」