夢解き
私もかつては、「ブルックさんがメグを思うように自分を思ってくれる人が、いつか現れる」などと夢見た時期があった気がする。
思えば幼い夢であった。まだ、父に愛人がいることも知らず、世の中の両親は皆仲睦まじいものと信じて疑わなかった頃の、無知ゆえの夢だ。その頃は、私の現実世界は、本の世界と地続きであった。
父には我が家の他にも帰る家があると知った時、深い地割れが起こり、私の世界は二つに分かれた。本の世界はあくまでも作り話、たとえそれが作者の実体験に基づいて書かれたものであっても、最終的には頭の中から出てきたものだ。それを読んでいる時は存分にその世界に浸り、読み終われば現実に戻る。作り話から何か学ぼうなどとは露ほども思わない。
私は部活動をせず、放課後は、仲の良い女子達と、自分に気がありそうな男子達を引き連れて街を歩いた。そこにニホが加わることは無かった。ニホは文芸部に所属し、エッセイを書くことに夢中になっていて、私にも入部を勧めてきた。
「私、書く方は興味無いんだよね」
私は即座に断った。ニホはめげずに、
「私も書くのは無理だと思っていたんだけど、やってみると結構楽しいよ。ほらこれ、今度書いたエッセイ」
と、ニホにしては珍しく、強引に勧めてきた。しかも自分が書いたものを読めと言う。鬱陶しいと思い、
「小説ならともかく、エッセイなんて承認欲求を満たすために書くようなもんじゃん。第一、性に合わないんだよね、オタクの寄り集まりなんて」
とつい本音を言った。私は正直、文芸部というものを馬鹿にしていた。社会のはずれものが集まって傷を舐めあっているという、勝手なイメージを持っていた。ニホのような、「感じが良い」だけが取り柄の垢ぬけない子にはお似合いだが、自分は御免だと思った。ニホは一瞬、驚いた顔をしたが、すぐに穏やかな笑顔を見せて、
「分かった。ごめんね、もう誘わないから」
と言った。これでもう、彼女と休み時間に本の話をすることも無くなるかもしれないが、元々冴えない子だし、付き合いが無くなっても構わないと私は思っていた。
ところが翌日には、ニホは何事も無かったかのように私に話しかけてきて、私を少々驚かせた。ただ、文芸部の話は二度としなかった。あんなことを言われて少しも怒らない上に、平然と友達面を続けているのだから、ニホと言う人間もある意味大したものだと思う。そんなことを思い出しているうち、海人がやって来た。
「待たせてごめん。それ何? レポートでも書くの?」
海人は私が持っている本を覗き込んだ。
「これ? ただの小説よ」
私は文庫本の表紙を見せた。
「『恐るべき子供たち』? なんだい、そりゃあ。日本のかい?」
「コクトーよ」
予想通りの反応だと思いながら私は答えた。
「誰だよ~っていうか、持ち歩いてんの?」
「そう。バッグの中に本が一冊あると落ち着くの」
こういうことを言われるのは慣れているので、私ははっきりと答えた。
「変わってるなあ。そういえば読書が趣味だって言ってたね。俺なんかそんな暇があったら、他の暇な奴を見つけて遊びに行くけど」
「アウトドアなのね。あの神﨑って人と大違い」
「あいつも暇さえあれば本を読んでるね。そういう男の方が好みかな?」
「男性はアウトドアな方が好みよ」
私は少し上目遣いに海人の顔を見ながら答えた。