オフィスへもどると、曽与島の行動は素早かった。翌日のマニラ発の時間が一番早いフライトの予約、そして大事を取り空港近くのフィリピンビレッジホテルに一泊部屋を取った。

また、事情次第でマニラへ帰ってこられるよう、午後の時間は出入国管理局で再入国(リエントリー)ビザの緊急取得も行った。

お昼過ぎにキヨミが病院からオフィスにもどってきた。検査の結果、アナベルは妊娠していなかったそうだ。

最近アナベルは坂元との結婚願望がどんどん強くなり、子供ができれば結婚してくれると思ったらしい。体調面では便秘気味だったらしく、それに起因し生理が遅れ、お腹にも張りを感じるようになったとか。とんだ想像妊娠騒ぎだった。

しかし、坂元のアナベルへの思いはすでにすっかり冷めてしまっている。アナベルが妊娠していなかったという事実に対しては、前夜の父親の押しかけ事件を知る五人はひとまず安堵はしたものの、今更何もなかったことにはできない。

男女の関係であることは父親も知っているし、前夜の様子では再び銃をチラつかせ結婚を強要してくるであろうことは充分考えられる。

その辺の事を考慮し、安藤、曽与島の二人の上司は坂元の一時帰国をそのまま認め、頃合を計りマニラに呼びもどすことに決めた。

こうして帰国した坂元であったが、安藤と曽与島の思いをよそにあっさりと会社を辞めてしまった。二ヵ月前の邦人殺人事件とアナベルの父親のあの夜の行動が坂元の脳裏で重なり合い、見えざる影に怯えどんどん自分を追い込んでしまったのだ。

この話を聞いた正嗣は、坂元の会社を安易に辞めてしまった行動を社会人らしくないと思ったが、そんな切羽詰った状況に置かれたら自分ならどんな行動を取るのだろうかと想像してみた。

しかしながら、女性問題はあくまでも身から出た錆ではないか。自分は同じような過ちを絶対に起こさないと心に誓った。

会社を去った坂元は実家の静岡へ帰った。実家は大きな茶農園を営んでおり、家業を継ぐ予定だとの便りが四日前にマニラオフィススタッフ一同宛で届いた。

その便りの結びに

「末筆ながら、マニラオフィスの皆様に多大なるご迷惑をお掛けしましたこと深くお詫び申し上げます」

との謝罪があった。