五十畳ほどの部屋は、入口に〔おがみ山〕と書かれていた。

田中(たなか)一村(いっそん)の物と思われる掛け軸と一輪挿しの椿の花が美しかった。大きな屋久杉のテーブルを挟んで二人の男は向かい合っていた。

「あんた、ここ奇怪市が終の棲家ね」

「そうですね。まあ、何ごともなく無事過ごせたら、ですがね」

「ここは、いいところじゃがねぇ。あんたも好きじゃろ」

「はい。退職後もここに住めたらいいですね」

「そうじゃやぁ。わしもいいち思うどぉ」

「でも、ここ奇怪市の土地価格には驚きます。私のような公務員の退職金程度では、犬小屋ほどの家も建ちません」

「そうかも知れんやぁ」

二人は笑った。そして、脂ぎった丸顔に不釣り合いのチョビ髭を触りながら、スーツの男が言った。

「市街地の三分の二は、ある方が所有されているとか。ビルも一軒家もほとんどがその方から土地を借りていると聞きました」

「太平洋戦争で、ここ奇怪大島は、沖縄同様、米軍に占領された。進駐軍の奴ら、ここで好き勝手やりやがった。頭の悪い島民は、奴らに反発することばかり考えていた。そんなことしても無駄と分かっていながら仲良くしようとしなかった」

遠くの一点を見つめながら話していた和服の男は、姿勢を変え、前に乗り出す様にして語り続けた。

「じゃが、わしは違った。奴らと仲良くすることを選んだ。米軍に媚びていると思われてもやった。洞窟に隠しておいた黒糖酒を飲ませると奴らは喜んだ。特に上官といわれる中将レベルにアルコール好きがいたことが幸いした。酒を前にした奴らは、何でもわしの言うことを聞いた。

金はいくらでも出すと言った。わしは、奴らが出す金が本土復帰後、何の価値も持たなくなることを知っていたが、できるだけたくさんの金をふんだくった。その金でわしは、土地を買いあさった。その日の食い物にも困っていた地主たちは、喜んでわしに土地を売った。感謝までされた」

和服の男は、小さな焼酎コップの焼酎を少し口にし、微笑みを浮かべながら、さらに話し続けた。