それから一ヵ月余りが経過した。達郎が勤務する会社は役員改選期を迎えて、社内が落ち着かずに慌ただしかった。
今回の改選では、社長が十年ぶりに交替することが決定していたからだ。社長が替われば、副社長以下、専務、常務、平の取締役に至るまで、大幅に布陣が変更される可能性が高かった。
すると、次に部長クラス、そして課長、というように、どこの会社でも同様であるが、人事の大異動が始まるのであった。それには当然、派閥争いや抗争が伴うのは言うまでもない。
達郎にとっては幸いにも、次期社長には営業畑出身の専務が内定していたので、それ以下の布陣には営業色の濃いものとなることが予想された。
さらに都合が良かったことに、直属の梶本課長が次期社長に通じていた。大阪に赴任して以来、梶本課長には、例の一件があった四ヵ月弱を除いて、ぴったりと付いて来た。
全ての仕事を無難にこなし、つい先月にも大きな成果を上げた。だから、自分は悪いようにはされないだろう、と考えていた。
その日、達郎は、いつものように帰宅して、既に会社を退職して専業主婦に納まっている美里が作った手料理を食べた後、テレビでプロ野球中継を見ながら寛いでいると、玄関のチャイムが鳴った。
美里が応対に出た。
「あなた、警察の方があなたにききたいことがあるって」
「警察?」
その頃、新しい生活に入って、会社の仕事も順調だった達郎は、二年以上前の一件など忘れかけていた。達郎が、重い腰を上げようとした時、後ろから美里が言った。
「なんか金沢から来たみたいよ」
か、かなざわ……その時、達郎の全身から血の気がいっせいにひいていった。ど、どうして、今頃……まだ捜査をしていたのか、あの件は迷宮入りしたんじゃなかったのか……俺に結びつく手がかりはないはずだが……まずい、心臓がドキドキと高鳴ってきた。
「何か、花瓶のことでちょっとききたいことがあるだけみたいよ、すぐに終わるって」
花瓶、何のことだ、あの時、花瓶なんて見かけなかった。第一、俺は井上の部屋に入っていない……すると、まだ俺に容疑がかかっているわけではないのか……そう思うと、徐々に心臓の鼓動が治まってきた。
ここで、応対を拒んだら、余計に怪しまれてしまう。達郎は、せっかく野球の試合がいいところなのになあ、とつぶやきながら玄関に出た。
「石川県警金沢城南署の大東です。石原さん、この花瓶に心当たりはありませんか。亡くなられた奥さんが五年前の十月十日に、千葉真治、河北逸美夫妻の結婚披露宴に出席されて、その時に持ち帰った引き出物と同じものなんですが……旦那さんはこちらのマンションには、お持ちになりませんでしたか」