十二時になった。一時間の休憩に入る。リュックサックを背負って自転車で駅の方へ向かってみる。
十字路の所迄来て気がついた。十字路の少し手前に左へ入る細い道がある。何気なしに入って行ってみると、半ばごろの右側に”中華料理”とだけある暖簾の古ぼけた店があった。こんな所に、と思い試しに入ってみた。
店内は厨房が向こうの半ばを占め、その前にカウンターと、入口のドアを入った右側に二人がけの席が三つある。リュックサックを持っているので、その二人がけの席に腰かけた。
「いらっしゃいませ」
カウンターの中から挨拶した若い女性に微笑みかけて、店内を見廻す。客はいない。
メニューはテーブルの上に手書きのものが置いてある。品目はごくありふれた中華料理店のそれだ。
少し迷ったが、こういう時こそ野菜を摂ろうと思い“タンメン”を注文した。
「すみませんがお水はそこのをお取り下さい」
と若い女性が指した。カウンターの端の所にコップに水を入れて並べてある。
若い女性は調理にかかった、それではこの女性がコックなのか。驚いて見ていると二人連れの背広姿の男性客が入ってきた。続いて五人連れの、制服のようなジャンパーを着た男性客が入ってきた。急に店が賑やかになった。
「お待ちどうさま。すみません、こちらからお願いします」
カウンターごしにタンメンの丼がさし出された。立って行って受けとり、席に戻って食べた。
驚く程、美味しい。野菜の炒め方が絶妙でシャキシャキしているのに充分火が通っている。年寄りにはぴったりの歯ごたえだ。スープも申し分ない。これは大変な発見だ。十日間の仕事に張りがでてきた。
帰りがけに自販機で温かい緑茶を買った。基地にしたベンチに腰かけ、ゆっくりと飲んだ。
野外業務につく警備士にとって、こういう時に一番問題が起こる。こちらは決められた休憩をとっているのだが、それをサボっているとみて、会社や施主にクレームをつけてくる人がいるのだ。最近ではインターネットに投稿する人が増えてきた、何月何日、どこそこの場所に居たガードマンは、ベンチに腰かけ昼寝をしていた、とか、競馬新聞を読んでいた、とか、はては立小便をしていたとか言ってくる。
それを受けた会社はなるべくなら黙殺しようとする。しかし相手次第では警備士を代えてしまう。我々にとっては大変な迷惑だ。その迷惑がやって来た。
「ちょっと、あんたっ!」
いきなり罵声を浴びせられた。驚いて顔を上げると、眼の前に大柄で肥った六十代くらいの老婆が立っていた。
薄汚れたモスグリーンのハーフコート、赤いぼてっとしたスラックス、大きな黒いスニーカー。
角ばった大きな顔に三白眼の小さな目、胡麻塩のバサバサの長い髪が汚らしい。
やれやれ、参ったな。そう思いながらも立ち上がった。