殺人現場

ところで、井上の遺体は、達郎が去ってから、約三時間後の深夜十二時過ぎに、建物巡回中の管理人によって発見された。

さっそく金沢城南署に捜査本部が設置された。松越百貨店という有名企業の店長が殺害されたということで、石川県警察本部の捜査一課からも数人が城南署に派遣された。

その中の大東宏治警部が、捜査の指揮を執ることになった。害者の井上は、東京から赴任している単身者だったので、事件の流れによっては、東京の警視庁とも連絡を密にしなければならないことも予想され、大東警部は、いつになく緊張感を持って、捜査にあたることになった。

また、有名企業の幹部の殺害ということで、マスコミの取材も加熱されることが予想されたので、大東警部は広報係の仕切りを徹底させる一方、捜査員に対するマスコミの夜討ち朝駆けに対しても、徹底した箝口令(かんこうれい)を敷いた。

初動捜査の基本として、殺人現場の指紋の採取が行われた。

その結果、非常口の表側のドアから井上の指紋が、裏側のドアから犯人と思われる者の指紋が検出された。

またこれと同一の指紋が階段の手摺りから沢山検出された。さらに、落ちていたサングラスからもその指紋が見つかった。犯人は井上を殴り殺した後、急いで階段を下降していったと推測された。

ところで、このような高級マンションであるのにもかかわらず、なんと、監視カメラが付いていなかった。

毎年開催される総会では管理会社の方から監視カメラの設置の提案がなされたが、理事会側は、ここに住む住民たちに限って、事件などを起こすはずもないという意見で一致し、その実現には至っていなかった。

捜査員は、井上の部屋の中も捜査した。

部屋はテレビがつけっぱなしであった。その和室の部屋には座布団が一つしかなく、飲みかけのコーヒーカップも一つしかなかった。

そして、このカップからは井上の指紋しか検出されなかった。灰皿にたまっていたたばこの銘柄も単一で、いずれの吸い殻からも、井上の血液型のO型しか検出されなかった。

一応、部屋に置かれていた家具や調度品から指紋を採取したが、井上のものともう一人女性と推測される指紋しか検出されなかった。部屋の中では争った後がなかったので、捜査本部では、井上が犯人を部屋の外、つまり階段で応対し、その最中に殺害された、とみなした。

直接の死因は、後頭部の挫傷で、ほぼ即死の状態だった。

また、左の頬には殴打による打撲と皮膚の表面には、擦傷があった。この傷跡から、犯人の血液型と思われるB型の血液が検出された。

監察医は、害者は、左顔面殴打により、身体のバランスを失い、階段を踏み外した結果、転がり落ち、コンクリートでできている壁面に後頭部を打ちつけ、脳を挫傷し、死に至った、と報告した。

金や物を取っていないことから、犯行は恨みによるものと断定された。

また、害者がオートロックを開けて、犯人を呼び入れていることから、顔見知りの者の犯行という見方が大勢を占めた。

大東警部を中心とした捜査本部は、さっそく井上の対人関係を洗うことにした。