事故に遭った妻は…
翌日の日曜日の朝七時、テレビのニュースをつけていたら、松越百貨店金沢店井上信之輔店長、謎の転落死。警察では、被害者の顔に何者かによって殴打された跡があることから、殴られた後、そのまま階段から落ちて、頭部を打って死亡したと断定。当日現場にいた何者かを傷害致死の疑いで、その行方を追っている、と報じていた。
そのニュースは時間にしてかなりの分数を割いていた。画面には、レンガ色のマンションと503号室のドア、そして非常階段の踊り場が映っていた。そして、管理人のインタビューがあったが、犯人らしき人物は見かけなかった、とコメントしていた。警察では、住人の解錠が必要なオートロックの玄関から犯人が入ったところをみると、犯人は井上と顔見知りの者で、何らかの恨みを持つ者の犯行とみて、井上の周囲の人間関係を洗う、と報じられていた。
ニュースは全国ネットで報じられた後、再び石川県を初めとする北陸地方のローカル枠でも再度流された。内容はほとんど同じであったが、今度は、松越百貨店の店員に向けて、店長が殺されてどう思うか、というインタビューが放映されていた。店員たちは、その事実を知らされて、一様に驚いていた。そのニュースの最後でも、店長の周囲の人間関係を洗う、と報じられていた。
周囲の人間関係か……百貨店の店長をしていれば、出入りの業者や部下や地元採用の店員など、多くの人間との接触がある。その中に、一人や二人、いや十人や二十人、井上に恨みを抱く者だっているだろう。警察は、まずこのあたりから、捜査するに違いない。達郎は、テレビのスイッチを切って、しばらくしてから部屋を出た。そして、一階に下りた。
ちょうどフロントが混雑していた。大勢に紛れて、顔を覚えられにくい良いタイミングだ。昨日決めた通りネクタイを外した。万が一、目撃者が出た場合、犯人は青いネクタイをしていた、と証言するだろうから、それは外しておいた方が無難だった。ホテルのフロントの従業員に顔を見られないように、うつむきかげんにしてチェックアウトをした。