事故に遭った妻は…
『金沢市城南町3の5の7の503』
これが宅配便の控えに残っていた井上の住所だった。これだけでは目的地に到達しにくいと思い、書店で金沢市内を網羅している地図を購入した。
これで準備万端だ、とりあえず、井上の家を見に行こう。達郎は金沢駅前から出発している路線バスに乗った。
城南町2丁目という停留所で下車した。3丁目という停留所で下車するよりも、3丁目5番地はその方が近かったからだ。
城南町3の5の7、その番地に位置しているのは、大きなレンガ色のマンションだった。十二階建てで、このあたりでもひときわ目立つ大きなマンションだった。
重厚なその建物には、よそ者は絶対に寄せ付けないぞという頑強さがあった。それは、東証一部上場企業である松越百貨店の店長が住居を構えるのに、ふさわしい代物だった。
達郎はエントランスに踏み込んだ。当然、玄関はオートロックだった。これでは入ることができない。脇に郵便受けがあった。ざっと、数えただけでも八十以上の世帯があった。
その中から、井上シンノスケを探した。ネームプレートには、名前の入っている物と入っていない物とがあり、きちんと統一されていなかった。
ずうっと見回すと、確かに503号室に井上というのがあった。ちょうどその郵便受けからはみ出していた封書をつまんで取り出した。
見ると、井上信之輔と宛名書きされていた。間違いない、井上松越百貨店金沢店店長の住居だ。玄関脇の管理人室で人の声がした。達郎は、すぐにその場を立ち去った。管理人に用件などを尋ねられたらやっかいだったからだ。
レンガ色のマンションを見上げると、荘厳な鉄筋のコンクリートが、よそ者である達郎の侵入を完全にシャットアウトしていた。
達郎は、マンションと通りを隔てて向かい側にある小さな児童公園の中に入り、ちょうど空いていたベンチに腰を下ろした。砂場では、二、三歳の幼児と母親が遊んでいた。この金沢でも、公園がヤングママの社交の場となっているようだ。
その母親たちに、達郎は智子を重ね合わせた。年齢的にみて、三十二、三歳、ちょうど智子と同じくらいの年格好だ。
もし、自分が大阪に転勤にならずに、そのまま東京にいて、智子との間にこどもが生まれていれば、一歳半ぐらいの幼児がいて、あのようにして遊ばせていたかもしれない。
智子はこどもが嫌いだったが、達郎は決してこどもが嫌いではなく、本当はこどもが欲しかった。ただ、二十代のうちに母親になることを智子が嫌がったので、もう少し先、もう少し先、というように先延ばししてきたのであった。