新婚生活
その日も漁火は、開店三十分もすれば席の八割方が埋まった。カラオケの口火は決まって鳥羽一郎の「兄弟船」だ。午後の八時過ぎには客たちはすっかりでき上がる。
「沙耶ちゃん、僕とチーク踊って」
坊主頭の四十がらみの客が媚びたような目で隣に座った沙耶にそう言う。
「やだ、英夫さん、踊りながらお尻触ろうとすんだもの」
沙耶が愛想なく答える。
「減るもんとちゃうし、ええやないかそれぐらい」
坊主頭の英夫が不満顔で言う。
「英夫、お前はいやらしんだよ。沙耶ちゃん、俺とどうだい? 英夫と比べたら俺は紳士だよ」
沙耶の前に座っている連れの客が袖にされた英夫を尻目に猫撫で声で誘いを掛ける。
「何言うてんの。紳士は踊りながら前を押しつけてくるようなことはしないわよ。それより明日は早いんとちゃうの?」
連れの客も拒否される。
「チェ! おーい、ママ。こっちにマイク回して」
振られた二人が今度はカラオケで競い合う。いつものことだ。入口のドアに吊るされたベルが鳴った。客の出入りを知らせるベルだ。美紀はカラオケが大音響で鳴っていてもベルの音を聞き分けることができた。潮の香りを漂わせてジャージ姿の常連客の一人が入って来た。日に焼けた顔の漁師だった。カウンターの美紀がすかさず目を向けた。