雨が止んだその日の朝早く智子は、まだ恐怖の残る顔の美紀を連れて夜叉顔そのままに相手の家に乗り込んだ。
「山本さん、どういうこと? 説明して頂戴!」
客間に通され、出された茶を飲む前に智子は突っ掛かるように道夫を詰問した。
「どういうことって、美紀ちゃんから聞いてもろた通りや。息子は精神を病んどる。時期を見て話す積りやった。本当や。でも最初に話していたら美紀ちゃんは来てくれへんだやろ。しっかりした美紀ちゃんにどうしても嫁に来て欲しかった。だから結納金も相場の倍も払ろたんや」
「時期を見て話すってどういうこと? こんな大事な事、最初にキチンと話しておくべきやないのかい、ええ? 言わへんだちゅうことはやっぱり騙したちゅうことやないか。それに結納金を倍も払ったとは飛んでもない言い草や。この私が娘を売ったように聞こえるやないか!」
智子は声を張り上げた。
「そういうわけや……」
「じゃ、どういうわけよ! 山本さん、あのね、あんたが息子を可愛いように私も娘が可愛いんだ。この子の喉を見て御覧よ。今も首を絞められた跡がクッキリと残っている。私の娘はあんたの息子に殺され掛けたんだよ。わかっとんのか!」
智子は湯飲みがひっくり返るほどに座卓を拳でドンと叩いた。
「あんた、うちの子が母一人子一人の飲み屋の娘やからどうにでも丸め込めるとあの狼男の生贄に選んだね。見合いのあとのあんたの顔の意味がやっとわかった。馬鹿にすんやないよ!」
智子は一段とドスを利かした声で気色ばんだ。
「何れにせよ、こんなことがわかったんや。親としてこのまま娘を殺すかもしれん男と一緒にはしておけん。娘はすぐに引き取る。離婚は承知して貰うよ」
智子は隣に座る美紀の方を一瞥もせず道夫を睨みつけながらそう言い放った。
母の智子はその日のうちに運送屋を呼び山本家から美紀の嫁入り道具の一切を運ばせ、渋る道夫に判を押させた離婚届を志摩市役所に提出した。
美紀が一月あまりの結婚を終えて実家に戻ると、智子は結婚前までは決してさせることのなかった漁火の手伝いをさせるようになった。
これからの生計のために跡を継がせようと母なりに娘の行く末を心配してのことだった。