四月十日
「男衾法律事務所です」
「夫が不倫しているので、相手の女性に慰謝料を請求したいのですが、そういうのもやってますか?」
「はい、受けております。事務所にお越しいただきたいのですが、ご希望の曜日や時間はございますか?」
「土日もやってますか?」
「はい、事前に予約していただければ土日も対応しております」
「今度の土曜日の午前中でもよろしいですか?」
「はい、午前十一時はいかがでしょうか?」
「だいじょうぶです」
「お名前は?」
「西川です」
「では今度の土曜日の午前十一時にお待ちしております」
四月十五日
「早く着いたのですが、もう伺ってもよろしいですか」
先日の女性から電話があった。十時四十分だった。
このように電話をしてくれると好印象をもつ。あるとき、予約した三十分前に来たので二十分ほど待ってもらったら「待たせすぎだ」と怒鳴られたことがあった。
その女性が相談票に氏名、住所、電話番号などを記載し終えたのを見計らい、
「夫の不倫ですね」
と切り出した。
「はい」
「どうして不倫をしていると分かったのですか?」
「帰りが遅くなったり週末に出かけることが多くなったりして、おかしいと思って、夫のスマホをみたら女性とのやりとりがあって……」
「不倫していることが分かるやりとりだったのですか?」
相談者は鞄からスマホを取り出し、
「証拠にするために私のスマホで撮影しておきました」
と言って操作し、こちらにも見えるように何枚かの画像を映した。男女のメッセージのやりとりの中に、女性の裸の画像もあった。
「夫は、あなたが気づいてしまったことを知っているのですか?」
「問いつめました」
「不倫を認めたのですか?」
「はい」
「今回の相談は、相手の女性に対するものだけですか?」
「夫との離婚についてはもう少し考えて、とりあえず相手の女性に対する請求をしたいです」
「相手の女性の名前や住所は分かりますか?」
「電話番号は分かりますが、名前と住所は分からないです」
「電話番号は夫が教えてくれたのですか?」
「いえ、夫に話す前に通話記録を見たらそれらしいのがありました」
相談者が提示したスマホの画面に、「さっちゃん」と登録してある相手との通話履歴の画像があった。
「相手に請求するには名前と住所が必要になりますが、電話番号が分かれば電話会社に契約者の情報を照会することができますので、費用がかかりますが、それをやってみましょうか?」
「お願いします」
「慰謝料としてどのくらい請求したいかは考えていますか?」
「いえ。どのくらい請求できますか?」
「裁判で多いのは三百万円の請求ですね。ただ、三百万円全額が判決で認められるわけではなくて、不倫の期間やそれを原因として離婚したかどうかなどの事情によって金額は変わってきます。私の経験からですと裁判を起こしても百万円から二百万円で和解することが多いですね」
「では、とりあえず三百万円を請求してください」
「分かりました」
弁護士会を通してした電話会社への照会は二週間ほどで回答がきた。「さっちゃん」の愛称になりそうな名前の女性が契約者で、その住所も判明した。
さっそく相手の女性に内容証明郵便で慰謝料を請求する通知書を送付した。