「失礼しました」といって部屋を出て少し歩くと、先ほどの話の途中から明らかに不満そうな顔をしていた大村が口を開いた。
「なんだありゃあ。新理事長とはいえいきなり仕事を押しつけて『病院を変えようと思っている』なんて……どうせまたこれまでと同じようなことになるんだろうに。こういう面倒ごとのしわ寄せはいつも事務に来るからなぁ……」
自分たちの部屋に戻りながら愚痴を続ける大村をよそに、風二の気持ちは新たな仕事に移っていた。
たしかに「病院を変える」なんていうのは、新しい経営者の常套句だ。まともに取り合うだけ時間のムダ。現場や事務部の仕事を増やし、日々の業務を圧迫するのが関の山だろう。
大村がそんな風に考えるのも無理はない。しかし、風二の脳裏には、柏原の目と彼が語った「組織そのもの」という言葉がしっかり残っていた。
これまでとはなにかが違うのかもしれない。大村と別れて自分のデスクに戻った彼は、すぐに受け取ってきた資料を読み込み、仕事の段取りを考え始める。そしてこの改革が目標としていることに気づくと心を震わせた。
たしかに、これならこの病院も変わるかもしれない……。
そう思った風二はすぐに行動に移った。
まず、この仕事を進めるには、現在の病院組織をより実務的で機能的なものにしていくことが必要だ。そのためには、もっと自分自身がこの病院と組織について知らなければ……。
そこで彼は手早く自分の手元にあった業務を片付けると、少し長めの昼休みのつもりで部屋を出て、西病棟のナースセンターへと向かった。以前から明美の話に何度も出てきた彼女の上司、看護部の副部長でもある奥山紀美子に声をかけてみようと思ったのだ。
奥山はこの病院の生き字引、経営から人事まで詳しく知っているという大先輩だった。