煕子と結婚してから数年間は、織田との争いなどはありましたが、私たちの生活は、平穏でした。ある時道三様から呼び出され、織田との同盟について話を切り出されました。

家に帰った後、煕子に言いました。

「道三様は、今度15歳になる帰蝶様を、一つ上の尾張の織田信長様に嫁がせることを検討しているようだ」

「ということは、織田様と同盟を結ぶということね」

「そのようだ、織田様との同盟には反対しないが、信長様は『うつけ』と噂の人だ、帰蝶様が可哀想だ」

「そんなことないと思うわ、私にもうつけと噂が聞こえてくるくらいだから、実はすごい人よ」

「でも道三様はなぜ、そんな重要なことを私に話をしたんだろう」

「それはあなたが、本人も認識していないような、心の奥底にある気持ちを見抜き、言葉にしてくれるからよ」

「そうかな? 自分でも人の顔色や心の動きはよく理解できると思っているけど、道三様は、本当にそんなことを考えていたのかなあ?」

「それで、あなたは道三様に何て言ったの、帰蝶様が可哀想とでも言ったの?」

「そんなこと言いません! 道三様へは『帰蝶様が信長様に嫁げば、暫くは今川などの東側勢力の楯になってくれるでしょう。我々は西へ、京都へも進出できるかもしれません。もし、信長様が本当のうつけと分かれば、尾張を攻め取ってしまえば宜しいかと思います。そうすれば、海も手に入ります。一度、機会を作り信長様と会われては』と答えた」

「やっぱりすごいわ! あなた。まさに、それが道三様のお考えよ」

煕子は、褒めてくれました。私をやる気にさせる天才です。

煕子は、料理も上手でした。当時は貧しいながらも大根、ゴボウ、サトイモ、レンコン、ネギといったさまざまな野菜を使い、おいしい料理を作ってくれました。毎日毎日、一生懸命作ってくれていました。普段は、何も言わずに食べているのですが、たまに、「おいしい」とひとこと言うと、本当に嬉しそうに、煕子は「ありがとう」と返してくれます。

「ありがとう」と言いたいのは、私の方です。基本的に私は、あまり食に興味がなかったので、煕子が妻でなかったら、多分早死にしていたと思います。


もちろん結婚後も、主導権は煕子が握っていました。昼の生活も夜の生活も。妻は、夜の生活が大好きで、家に一緒にいる時は、毎晩のように彼女から求めてきました。特に酔うとふにゅふにゅになっていました。お陰様で三男四女をもうけました。側室はいなかったので、全て煕子との子供です。