第一章 愛する者へ 5
高校の入学式の日の夜、若葉から霞に話しかけた。
「パパからのメッセージ、もうあるの?」
「あるよ」
「いつ受け取ったの?」
「一週間前だよ」
「どこで?」
「届けにきたよ」
「誰が来たの?」
「業者の人」
「業者って、『アフターメッセージ』の?」
「たぶん、そうだと思う」
「ママが連絡したの?」
「うん」
「ママにも届いてるの?」
「ないしょ」
霞は書斎に行き、DVDの入ったケースとパソコンを持ってきた。
新は前回と同じ青いポロシャツを着ていたが、そのときよりも顔が細くなっている気がした。
「高校入学、おめでとう」
新は拍手をした。
「希望の高校に入れなくても、落ち込むことないよ。そこがこれから若葉の運命の高校になるんだから」
こちらからは何も伝えられないことをもどかしく感じた。
「これ言っていいのかな。パパはね、ママと結婚する前に他に好きな人がいたんだ。その人にふられて落ち込んでいるときに、ママと出会った。ママと結婚してよかったと思ってる。それで若葉に会えたんだから、運命だったと思ってる。このことはママには言わないでね」
若葉が初めて聞く話だった。
「もう将来のことは考えてるの? お金のことは心配しなくていいよ。パパ、若葉のために保険に入ってるし、預金もしてきたから」
通帳が画面に映し出された。名義は「鶴島若葉」になっていた。
画面の中の通帳が新によってめくられていった。
「ほら、若葉が生まれてから毎月少しずつだけど入れてきたから。通帳はママに預けてあるから。だから、自分の好きなことを見つけてね」
新の声は弾んでいた。
「驚いたでしょ。パパにはもう他に何もできないから」
一瞬だけ新の視線が下を向いた。
「パパ、謝らなければならないことがある。パパ、高校のときは理系科目が全くだめだった。さっぱり分からなかった。若葉もパパの子だから、理系科目が苦手になると思う。だから、できないのは若葉のせいじゃないからね」
新は人差指を口の前に立てると、
「ママも理系科目は苦手だよ」
と、ひそひそ声で話した。
「そうそう、若葉に好きな人ができたら、パパがアドバイスしてあげるからね」
顔はにやけたが、目は寂しそうなことを若葉は見落とさなかった。
「じゃあね、またね、ママのことよろしくね」
――第一志望の高校に合格できたことを伝えたい――
と思ったが、すぐに、
――パパは、もう知ってるよね――
と思い直した。
若葉が受験のときにお祈りし、合格の報告とお礼をした相手は、神様ではなく、新であった。
机の前の壁に貼ってあるポスターを世界遺産の景色に替えたときに、その裏に新の写真を貼っていた。