第一章 愛する者へ 2
その事務所は新の自宅の最寄りの駅から四つ離れた駅から徒歩十分のビルに入っていた。
三階でエレベーターを降りると、廊下の両サイドにはドアだけが並んでいて、ホテルの廊下を想像させた。
どの部屋も、ドアの外から部屋の中を見ることはできなかった。チラシに書いてあった三〇一号室はエレベーターの目の前の部屋だった。
予約した時間の十分前ではあったが、チャイムを鳴らした。
「はい」
電話のときと同じ声だった。
「六時に予約した鶴島です」
「ドアを開けて入ってください」
ドアを開けると、部屋は奥と手前が高さ二メートルほどのパーテーションで区切られていて、手前には応接のための白いテーブルと椅子だけが置かれていた。
背が高く細身の背広を着た男が立っていただけで、パーテーションの向こうには人の気配はなかった。
――三十代前半だろうか――
「チラシをご覧になってですよね」
「はい」
「じゃあ、だいたいのことはお分かりですね」
「あ、はい」
「どなたにメッセージを届けたいのですか?」
「妻と娘に……」
「それでは、この『アフターメッセージ』の内容を説明しますね」
男は書類を新の前に置くと、高い声で読み上げ出した。新もその男の声に合わせて字面を目で追っていった。
『遺言としての法的な効力はありません』のところを読むとき、男の声は強くなった。
『メッセージDVD一枚一万円』『二枚目からは一枚三千円』チラシにも書いてあった料金体系を説明したあと、男は、DVDを渡す方法、秘密保持とその例外などについての項目を読み上げ、最後に、
「ここには書いておりませんが、法に触れる内容のものはだめです。相手を不快にさせるものもご遠慮いただいております」
と付け加えた。
「それでは、ご検討していただき、ご利用されるときはあらためてご連絡ください」
「撮影はどこで……」
「この奥に撮影用のブースがありますが、ご希望の場所があればおっしゃってください」
「場所の希望はとくにないです」
男は奥からパンフレットを持ってくると、
「さらに詳しいことはこちらに書いておりますので、ぜひご覧になってください」
と言いながら新に手渡した。
「今日、契約することは可能ですか?」
「もうメッセージの内容はお決まりですか?」
「いえ……」
「ではパンフレットをご覧になって、内容を決めたうえでご連絡ください。ご不明な点がございましたら、遠慮なくお問い合わせください」
新が部屋を出て携帯電話を見ると、六時半になるところだった。男は名乗ることも名刺を渡すこともなかったので、――独りでやっているのかな――と不安になった。
一週間後に新が再び電話をすると、電話に出たのはやはりあの男だった。
第一章 愛する者へ 3
四十九日の法要は自宅近くのホテルで行うことになった。