そこで、姉は突然膝をついて、声を殺して泣き崩れた。
「還暦過ぎて、こんな目に遭うなんて……」
母・冬子も、娘に慰めの言葉もなかったそうだ。
姉は短い時間嗚咽をこらえると、立ち上がった。
「良典さんには内緒にしてね。まだ、私、泣いてないから」
気丈に言った娘が、かえって痛々しかったと母は言う。
サクラの捜索三日目の金曜日、サクラの兄二人、ヒョウゴとイオリが関東から駆けつけた。本来なら七十二時間で捜索終了の日、山岳捜索隊に頼んで、翌日の土曜日にヒョウゴとイオリが、サクラの軌跡を辿ることにしたという。
その土曜日、一道はちょうど、東北に出張があり、夕方杜都市の実家に寄ろうとしていた。実家の前まで来た時だった。突然携帯が鳴り、母・冬子の名前が画面に映し出された。
「あんた、今、どこにいるの? すぐ来て!」
「え? 家の前だけど」
「違う。県立病院にいるの」
聞けば炎天下の中、父・幸三がどうしても外に出ると言ってきかない。炎天下と説明しても、むりやり冬子の手を振り切り、止めようとする冬子の腕を両手で叩いたという。
冬子はあきらめて幸三といつもの散歩コースに出たのだが、途中でうずくまり動けなくなったのだそうだ。
「通りすがりの人に救急車を呼んでもらい、今、病院で見てもらっているの」
一道は、いったん旅の荷物を実家に置き、すぐに県立病院に向かった。一道が着いてまもなく、冬子の携帯に姉・明純から連絡があった。手短に状況を説明する母・冬子。
それから一時間ほどして、姉・明純の家族が駆け付けた。夫の良典、息子のヒョウゴとイオリが来ている。二人とも泥だらけだ。そう、今日は二人が山に登ると聞いていた日。
「すみません。大変な時に」
夜間診療入口で、一道はまず良典に挨拶して、冬子のもとに招いた。
「サクラは?」
明純が首を振った。
「でも、明日もう一回、山岳捜索隊に頼めることになったの……。おじいちゃんは?」
「最初ろれつが回らなかったから脳梗塞かと思ったんだけど、どうも熱中症らしいんだ。家でめんどうみるのは大変だから、たぶん入院になると思う」
「そう、入院。何もできなくて申し訳ないわ」
「いや……」
ほんとうに言葉がない。