順調に見えていた商談は、一瞬で悪い雰囲気になった。禅は焦っていた。
「すみません、後日私の方から出向きますので……」
そう言うのが精いっぱいだった。先方は顔を見合わせるとうなずいた。「わかりました」「本当に、申し訳ありません」禅は、腑に落ちない顔をしている二人に何度も謝り、会社の入り口まで送ると社長室に戻った。
そしてソファーに倒れ込むと、時計に目をやり、ため息をついた。「まだ昼前か……」そう呟くと、目を閉じた。禅はシェリールの事で頭がいっぱいだった。
早く会いたくて仕方がなかった。そして彼女に会いたい自分と、仕事が上手く出来ない自分にイラついていた。
禅は思わず叫んだ。
「あー!」
その時、ドアがノックされた。
「はい」
「社長、大丈夫ですか?」
禅の叫び声を聞いた事務員が心配してノックしたのだ。禅は、慌ててソファーから起き上がると、ドア越しに応えた。
「だ、大丈夫だ。すまないが、コーヒーを入れて貰えないかな?」
「分かりました」
ドアの向こうで事務員は、首を傾げながらコーヒーを入れに行った。禅はソファーに座ったままうな垂れると、またため息をついた。
会社の就業時間は八時三十分から十七時三十分だった。禅は十五時三十分を回った頃、打ち合わせに出てそのまま戻らないと事務員に告げ会社を出て行った。
その姿を見ていた二人の事務員は不思議に思った。
「社長、何か変じゃない?」
「やっぱりそう思った?」
「だって、絶対変だよ、無断で遅刻したり早退したり……」
「そうだよね、あと落ち着きがないというか、話も全然聞いてないみたい」
「何かあったのかな?」
「………」