コンコンと控えめにドアを叩く音がした。
「こんばんは」
挨拶しながら聡子が入ってきた。一瞬身のすくむ思いがした。こんな体を見せなければならないのか。
「吉越さん、連絡ありがとうございました」
「いや、いいんだいいんだ」
照れくさそうにしてすぐに彼女から目線をそらした。
「お帰りなさい。小樽に行かなくてごめんなさい」
冬に別れたときより少し痩せていた。疲れているようで顔色も優れなかった。
「いや俺ももっと早く戻れると思っていたんだけど」
「大変だったわね。もう事故の話を聞いたときにはどうしようかと思って」
「心配かけてすまなかった、もう大丈夫だから」
「うん」
「これからは治すことに専念するよ。それより具合でも悪いの」
と聞いたとき
「じゃ俺そろそろ行くよ」
気を利かすように吉越は立ち上がった。
「ありがとな」
「また来るよ」
疲れた表情もなく愛想笑いもなくいつものように立ち去った。
「ほんとに大丈夫か」
「うん大丈夫。ただね、疲れやすくて病院に行ったら貧血だって。薬をもらったり、ほうれん草のように鉄分の多いものを食べることが大事だって言われたの」
「そうか、気を付けないとな。水道の蛇口なんかかじるのもいいかもね」
聡子が少し笑った。お互いのことを話し合っていると瞬く間に時間は過ぎ、消灯近く聡子は病室を出た。再会できた喜びは感じつつも、小樽を出るときの緊張感や一日の移動に伴う高揚感に加え、病室と違った半年ぶりの外の社会で目にした刺激のせいか、疲れがすぐさま瞼を重くした。
三日後、回診があった。五十歳前後の医師がベッド左の中央に、向かい合う右側に主治医が立ち、二人の周りを十人近い医師と思われる人たち、足元には婦長さんと二人の看護師さんが立っていた。 ベッドを取り囲む多くの視線を感じた。