第2作『人形』

そう、サムが話さなくなっていたのに気付いたのも、そのときだった。サムから発せられたあの言葉も、ぼくにはもはや聞き取ることができなかった。サムはすでに単なる人形になっていた。

サムはなぜぼくを呼んだのだろう。仄暗い骨董屋の店先、そして一層暗い棚の上で、誘うように見つめていたあの眼にも何も感じない。サムはその光を失い、ただの物質になっていた。

ぼくは、もう一度あの骨董屋に行ってサムを目覚めさせてほしいと思った。店の奥に潜むようにいるあの主人なら、きっと治すことができるのではないかと思った。

マディソンバッグにサムを入れて、自転車で商店街に向かった。久しぶりの商店街の通りは、何かが違って見えた。それが何かは分からない。

まず、あのラーメン屋を目指した。しかし、いつもの場所にラーメン屋はなかった。いつの間にか商店街の端まで来てしまった。自分がぼんやりしていただけだと思って、引き返してみたが、やっぱりラーメン屋は見つからない。

ここだと思って行ってみると、洋品店だったり、蕎麦屋だったりする。見過ごしているだけだと思って、今度は自転車を降りてゆっくりと商店街を歩いた。一つひとつの露地を覗いてみたが、全く別の建物があったり、行き止まりだったりする。

ぼくは注意力のなさに苦笑し、また折り返した。ラーメン屋は忽然と消え失せたようだった。ぼくは何かに憑かれたように、そんなことを繰り返した。詮せんのない堂々巡りだった。幼児が迷子になったときのように泣きたい気分だった。

どこからか、あの大将がひょっこり現れてくれることを期待していた。夕方に近づいた商店街は、人通りも多くなっていた。小学生が駄菓子屋の前でパチンコゲームに一喜一憂している。その前を何度もぼくは通る。こんなぼくに人々は気付いたのだろうか。

ぼくはこの世界の外にいて、幽霊のように漂っている気がした。