白衣を脱いでおシャレをした父は、そんな言い訳をして出掛けて行くのだ。母の方も最初のうちは、「そうなの。行ってらっしゃい!」と機嫌よく送り出していた。

しかしそれが週に二日、三日と増えて、ついには週末以外ほぼ毎晩となり、しかも帰宅時間まで次第に遅くなって、気が付けば午前七時過ぎの朝帰りが当たり前になっていた。それでも母は、しばらくの間は夫の身体を気遣う良妻役を演じ続けた。

起きぬけの私の記憶は寝ぼけ眼をこすりながらのもので定かではないものの、母は朝食の用意をしながら父に向かってこんな言葉を掛けていたと思う。

「ああ、良かった。もしやあなたが事故にでも遭ったんじゃないかって心配で、ろくに眠れなかったんだから」

父の方も、照れ笑いを浮かべながらお決まりの言い訳をする。

「ごめんな。また、二件目のクラブで酔いつぶれてしまったんだ。哲也を幼稚園に送り出してから、君は昼寝するとイイよ」
「あなたはアルコールに強い体質ではないんだから、もうそろそろ悪い飲み仲間とは縁を切らないと、身体を壊してしまうわよ」
「わかったよ……」

会話は互いを労わり合う言葉で終わり、それから三人で朝食を食べ始めることになるのだが、食卓にはそれまで感じられた和やかさとは異質の、まるで見ず知らずの他人同士が相席したレストランのような、ピンと張りつめたとはいえないまでもどこか冷たい空気が漂うようになる。