第一章 心の傷
私の生家は代々、JR恵比寿駅に程近い駒沢通り沿いの一角で内科クリニックを開業していた。二〇〇二年、つまり私が生まれる一年前に建てられた十階建てのビルは、一階がクリニックと駐車場、二、三階が自宅で、その上階が賃貸のワンルームマンションになっていた。
それまで父・山本真一は副院長として大学病院勤務と掛け持ちで院長である祖父・山本孝明を手伝っていたのだが、祖父が心筋梗塞で急逝して新院長に就いたのを機に古い木造家屋を建て替えたそうだ。
自宅部分は二世帯住宅仕様で、どちらの階にもそれぞれキッチン、風呂、トイレがあり、二階には父と専業主婦の母・優奈、それに私の親子三人が、陽当たりの良い三階には祖母玲子と父の妹(叔母)まりえが暮らしていた。
父より三歳年下のまりえ叔母は二歳年上のバツイチ商社マンと結婚したものの、その三年後、夫が赴任先の中東で自爆テロの犠牲者となってしまい、出戻ってきていたのだ。子供はいなかった。
「なあ、哲也。せっかくこんな立派なビルを建てたんだから、おまえもパパの跡を継いで四代目の医者になるんだぞ。頑張ってくれよな」
父からはことあるごとに、そう言い聞かされ、もちろん私もその気十分だった。しかし、世の中そううまくはいかなかった。
暖房機が壊れてポカポカだった部屋が急激に冷え込んでしまい、何枚着込んでも寒さを凌げなくなってしまう。突如として我が家がそんな全く温もりの感じられないところに一変してしまったことも、その一因である。