第一章 心の傷
毎朝のようにこうしたやりとりが繰り返され、それでも父には一向に自らの生活パターンを改めるつもりがなく、ますます私と母から離れていってしまったのだから、程なく母の堪忍袋の緒が切れてしまったのは必然の結果だったのではなかろうか。
いつの頃からか、母は朝帰りした父の顔を見るなり、こう泣き叫ぶようになる。
「嘘つき! 私という妻がありながら、ほかに女ができたのね?」
もしその指摘が濡れ衣ならば、普通は猛烈に反発するはずが、そうはならない。
「いや、違うよ」
父はそれだけ言うと、わあわあ泣きわめき続ける母を尻目に、午前九時からの診察に備えてさっさと身支度を済ませると三階の祖母のところへ避難していくのだ。その結果として、平日の朝は父と母子が別々に朝食を食べることが日常化する。
その後のことは、母の運転で幼稚園に送られていく私には知る由もないけれど、母が言うには、父は昼食を看護師が買ってきた弁当で済ませて、診察が終わって外出着に着替えに戻るまで自宅のある二階には全く寄り付かなくなったそうだ。もし母と出くわせば、また激しい衝突が繰り返され、午後の診察に支障をきたすことにもなりかねない。父としてもやむを得ない選択だったのではないか。