驚愕で目は見開かれているはずだが、それは片方だけで、もう片方は閉じたまま傷とその下に埋もれている。頭の割れ目から記憶がこぽこぽと湧き上がってきて床がなくなり、地面にめり込んでいくような気持ちになった。

確か自分は旅行に行っていた。家族には出張と言ったはず。相手は母校の特別講義に行った時知り合った娘だ。

以前の成績が認められたのもあるが、やるべきことはまじめにやってきた。それが認められたのは、うれしいので愉快で感じのいい教師になりきった。

大学は財政難だという噂をあちこちで聞くが、自分の講義には人が集まるし、たまに新しい環境で立場を変えてみるのはなかなか気分がいい。金銭的に困っているわけではないが、居場所が多いというのはいいことだろう。

学生を誘おうと思ったことはない。そういう噂はすぐに広がるし、自分で言うのもなんだがそっちの方面には苦労したことがない。

遊びは遊びならできるだけ楽しくそういう相手がいるだろう。つまり海に行けば魚はたくさんいる。近場で遊ぶのには危険が付きまとうし、ましてや本気になってしまったら考えただけでも恐ろしいし、めんどくさいと思っていたのに。

なんでああなったのかな? 手が自分の意思と関係なくぷるぷる震えるのを感じながら思った。

※本記事は、2020年11月刊行の書籍『猫座敷でまた会いましょう。』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。