そこにはなんと、「奇跡を起こす香水」と書かれていた。そんな宣伝文句にイチコロで参ってしまっていたのである。(これこそ、私のための香水!!)と、なんの迷いもなくこれを選んだ。大ちゃんと私との将来に奇跡をもたらしてくれる香水はこれを置いてほかにはないと信じて、身に纏(まと)ったのである。

もっとも、実際にそこに書かれていたのは、「繊細な“軌跡(きせき)”を残します」との文句であった。ここでいう軌跡(きせき)とは恐らく、余韻(よいん)といった程度の意味合いであろう。音は同じでも、これを“奇跡(きせき)”と誤読していたのは、なんともご愛嬌であった。

何(いず)れにせよ、そんな用意周到な準備に要した時間が、出発時刻をかくも遅らせることになろうとは、皮肉なことであった。

だが、香水の力を甘く見てはいけない。香水への妄信ともいうべき信念が、実際に今回の奇跡を巻き起こしたのかもしれないのだから、世の中はわからない。ほかならぬ香水がもたらした奇跡だとすれば、香水の魔力恐るべしである。