帰りの新幹線の中で、澄世は怒りと悲しみでいっぱいだった。志願したですって!? なんて言いざまなの! 酷すぎる! 誰よりも手厳しかったB先生の言葉に、澄世は大きなショックを受けた。そして、決意した。もう二度と婦人科へは行かない!と。乳癌が助かったと思ったら、子宮癌だなんて! 結局、私は死ぬんだわ! いいわ! 人はどうせいつか死ぬのよ! 早いか遅いかだけだわ! 死ぬ日まで生ききればいいのよ! 恐ろしい覚悟だった。

両親と兄は、澄世の決心に賛同しなかった。母は言った。

「命が大事だから、切ってちょうだい」

澄世はもう何も言いたくなかった。親戚の叔父がマンションを経営している事を思いだし、借りられる部屋はないかと相談をした。叔父は、江坂に新しい賃貸のマンションを建てたところだと言い、案内してくれた。

七階建てのこぢんまりした綺麗なワンルームマンションで、江坂の駅に五分と近く、地下鉄の御堂筋線一本で大阪へ出られた。オートロックでセキュリティもしっかりしているので、そこに決めた。

澄世は高いところは苦手なので、一番下の階、二階の部屋を借りる事にした。家出の理由は聞かれなかった。三月に、澄世は貯金をおろし、ベッドと冷蔵庫と電子レンジを買い、あっという間に引っ越してしまった。

テレビも新聞も欲しくなかった。全てから逃避して独りになりたかった。

そうして、小さな台所で、体にいいものを研究して、朝はリンゴとニンジンを擦って食べた。体を温める為に、毎日、半身浴もした。けれど、何を見ても、何をしても空しかった。月日の感覚がわからなくなった。