漁火
優しかった父の葬儀が人目を忍ぶようにひっそりと行われたことに美紀は幼いながらにも悔しくてならなかった。
喪主だった母は、葬儀の間中、悲しそうな素振りや涙を流すことはなく眉を吊り上げて怒ったような怖い顔をしていた。自分はこんなに悲しいのに母はどうして悲しく無いのだろうか。それとも大人は悲しい表情と怒った表情が一緒なのだろうか。そんな母の顔を美紀は不思議な思いで見ていたことを覚えている。
美紀は父の死が自殺だとは知っていたが、なぜ自殺したのか詳しい事情は聞かされていなかった。
あの日の大喧嘩以来、父母の様子がおかしくなり自殺は母が原因かと思いもしたが、周りの雰囲気は少し違うようだった。戸惑いながら周りの大人たちに訊いても困ったような顔をして答えてはくれず、母に訊いてもお前の父親は気病みの病気を苦にして自殺したとしか教えてくれなかった。
幼い子供に聞かせる話ではないとの大人たちの配慮からだったのだろうが周りでは美紀一人がなにも知らなかったのだった。美紀が詳しい事情を知ったのは、学年も変わり、葬儀から四月ほど経った頃、級友の口からだった。
「美紀ちゃん、幹也君と一緒でも何とも無いの?」級友の美智子が小声でそう囁いた。帰りに教室を掃除しているときだった。
美紀は、美智子や幹也もいる掃除当番の同じ組だった。美智子は何のこだわりも無く幹也に話し掛ける美紀を不思議に思ってそう訊いたのだ。
「何とも無いって、どうしてそんなこと訊くの?」美紀もそんなことを訊く美智子を不思議に思った。