フミオ君、あなたは人をほんとうに愛したことがあったのですか。
あなたは自分でもわかっているように、ずいぶん私につらくあたりました。冷たく避けました。そっけなく背を向けました。それが真に私を思う気持ちから出た行為ならば、私はあなたに感謝こそすれ、来る日も来る日も涙にくれることはなかったでしょう。
木曽を旅したときのことは私も忘れません。思い出すと胸が苦しくなります。でも、すでに過去のこと。いちいち掘り返して恨むようなことはしません。ただひとつ。あれはあなたとの二年間を凝縮したような出来事でした。
わずかな時間のあいだに、たったひとりの人間に対して、愛しさいっぱいの状態から一緒にいるだけでいらつく状態に変わる。相手は同じひとりの人間なのに、どうしてその人への接し方が百八十度も変わってしまうのでしょうか。
私だって生身の人間だったのです。
あんなことを言わなければよかった。あんなひどい仕打ちなどしなければよかったと後悔するのは簡単です。すこし泣くとすっきりもするでしょう。
でも、もう一歩ふかく自分のなかに踏み込まなければ何も変わりません。また同じあやまちを繰り返すだけです。そして、現にあなたはもう繰り返しています。
先日届いたあなたからの手紙。私がどうして家を出たのか。あなたはとうとう考えてはくれなかったのですね。それまで私が何を求め、何を失い、どのくらい傷つき、そしてどんな思いであなたと別れる決意をしたのか。
そのことにはまったく思いをめぐらそうともせず、あなたはただ自分のさびしさから、あるいは感傷的な思い出から、私を以前と同じ状態に引き戻そうとする。
残念ながら、そこにはあなたの都合があるばかりで、私への愛情をほんの指先ほども見つけることはできません。
私はあなたに美化され、感傷にひたってほしいなどとはぜんぜん思っていません。それくらいなら、私と暮らした二年間を徹底的に分析し、なぜこういう結末を迎えざるをえなかったのかをとことん考え、この先あなた自身がどうすべきかを追求してほしいのです。
「もう二度と会わない」と断言するほどの強い感情を、私はあなたに対して持ちあわせてはいません。ただ、何も反省することなく甘い感傷だけで私に近づこうとするあなたに、いまは会うつもりはありません。
桂木典子
後藤文雄様