手術は楽しい
「山川さん、お疲れ様です」
夜、いつものようにその日の復習をしていると、私服姿で鞄を持った神谷君が声をかけてきた。
「おお、神谷君。遅くまで残っているんだね」
「はい、研修医はみんな、いつもこのくらいの時間まで残って自習しているんです」
「そうなんだ。ここの研修医はみんな優秀だし熱心だよね」
僕だったらとてもついていけないなと思いながら答える。
「そうですね。でも僕は全然で」
「そんなことないよ。今日だっていきなりCTの所見について質問してくるとは思わなかったよ」
「実は先に外科を回った研修医に何を質問すればいいか聞いておいただけで」
「そっか。でもそうやって準備するのは立派なことだよ」
僕は本心でそう答える。ましてや、神谷君は外科志望ではない。それなのに積極的な姿勢を見せるのはすごいことだ。
「違うんです。僕は本当に面倒くさがり屋で勉強もしたくないからその場しのぎの方法を同期から教えてもらって。今日もみんなが残っているから合わせているだけで、漫画を読んだりネットで暇つぶしをしたりしていたんです」
神谷君はどこか卑屈になっている様子だった。優秀でエリートで普段から飄々としている神谷君に悩みがあること自体が意外だった。
「僕もその気持ち分かるよ。今はこうやって毎日遅くまでやっているけど、初期研修の時は全然だった。周りが優秀だったからなんとか合わせていたけど。今の神谷君と似ているかもしれないね。神谷君は頭がいいし大丈夫だよ。やる気が出ない時もあるよ。でもきっと来年の今頃は子どものことを一生懸命に考えていて、周りからは東国病院小児科のホープと呼ばれていると思うよ」