「木島先生どこですか」と小声で呼びかける声が聞こえる。紀子が提灯を照らし、木島を探しにやって来たのだ。ゆっくりと、広い田を照らしている。

「紅林先生、先生、紀子さん」

押し殺した声で、木島は答えた。紀子は提灯を掲げる。

「ああ、木島さん……怪我、なさってるんじゃないですか?」
「私は大丈夫です。それよりも寺田君には悪いことをしました」
「やっぱり怪我をなさってますね」

紀子は持っていた手提げから、応急の包帯などを取り出し、木島の腕をまくった。

「じっとしていてください」
「あ、ありがとう。あなたは大丈夫なんですか。こんな所に来て」
「ええ、学校、首になってしまいました」
「そうでしたか」
「ええ、仕方ありませんわ」
「前から狙いをつけていたんですよ。奴らは小さな芽を潰しておきたいんだ。夏目先生は予言しておられる。日本はやがて亡びるってね」
「亡びる……どういうことですか」
「のんきに文明開化などと言っていても、今に西洋に食いつぶされてしまうということだと思う。フランス革命は何をもたらしたか……結局ナポレオンという侵略者を生み出しただけだ。そして日本も西洋の猿真似をし始めた。巨大な帝国主義の化け物が、たらふく食って、醜く肥満して身動きできなくなる。自由民権がどうなったか。社会主義者は皆殺しだ」

「でも、私たちが、少しずつでいいから、前に進もうとしなければいけないんじゃないですか。本当の……自由というものに行き着かないんじゃないかしら。東京のらいてう先生だって、女の身でありながら戦っています。女たちに、立ち上がれとおっしゃっています」