「お願いします。……それでいいね、美津」
「お父さん」
「お願いします」
手をついて孝太郎は頭を下げた。トメは大人にこんな態度をとられたことがなかったので、戸惑った。ましてや、普段なら口さえもきけない大店の旦那様だ。
「は、はい」
「それでいいね、美津。……じゃあ」
孝太郎はそう言って部屋から出ていった。トメはあまりにも突然すぎ、何をどう考えてよいか分からなかった。
「トメさん……本当によかった。これで父も味方よ」
「そんな、噓をつくなんて……お父さんに迷惑がかかる。それに、こんな夜に私なんかがいるなんて、おかしいって思ってるよ」
トメは立ち上がると、廊下まで孝太郎を追った。孝太郎は振り向くと、トメをじっと見つめた。
「旦那さん、そんなことしてもらって、私、私……申し訳ないです。でも……」
「トキさん、美津のことよろしく頼みますよ……実はあの子の病は重い。医者にも見離されています。もう一年の命もないかも知れない。トキさん……よろしく頼みますよ」
孝太郎は静かに言って、トメに深々と頭を下げた。