くしゃみとルービックキューブ
1.
洋一は、岳也のことをくしゃみさんと呼んでいる。というのも、岳也が行く先々で人のくしゃみをこっそり録音しているからだ。くしゃみは野生の吠え声なんだ、というのが彼の口癖である。
「おい洋一、人のくしゃみを注意して聞いてみろ。面白いことが分かってくるぞ」
「面白いこと?」
「その人間の真の性質が分かる」
「ええー本当ですかぁ?」
洋一が疑わしげなまなざしを向けると、岳也は大真面目にうなずいて、
「たとえば寂しがりやな人間は、とりわけ大きなくしゃみをする。喉の奥のほうを開けるようにして、体を折り曲げてくしゃみをするんだ。だから音も一番大きい。あと、あーこら、とか、こんにゃろとか、くしゃみの後に言葉を入れる人がたまにいるだろ? ああいうタイプは、一見堂々としてるけど、気が小さい場合が多い。インコみたいなくしゃみをする奴は、比較的感情に流されやすいかな」
「あの、インコってどんなくしゃみをするんですか」
「知らん。実際にインコのくしゃみを聞いたことはないからな。まぁインコみたいに小さなくしゃみってことだ」
洋一は笑ってしまう。くしゃみさんって変わってるなぁ、と思う。
「笑ってるけど、洋一」岳也の目がキラリと光る。「くしゃみをなめちゃいけない。凄くバリエーションが豊富なんだ。音域も、びっくりするほど幅が広い」
彼はくしゃみをパソコンに取り込んだ後、音階を厳密に分けているらしい。
アルバイト先の更衣室で制服に着替えているとき、洋一はくしゃみをした。
「お、いいくしゃみをするな」
隣でジャケットのボタンを留めながらニコニコしていたのが岳也だった。シフトが重なることもあり、それ以降、二人はよく喋るようになった。岳也は洋一の四歳年上で、二十七歳だ。
「今度、うちのガレージに遊びにくるか?」
「ガレージ?」
「ああ」岳也は目を細めるとニヤッと笑った。「ガレージに機材を置いてるんだ。そこでくしゃみのサンプリングをしてる」
「へぇ、凄いですね」
そんなに本格的なのか、と洋一が少し驚いていると、
「いろんな人間のくしゃみが聞けるぞ」
いかにも楽しそうに岳也が言った。