高倉の方は、過去にブラックアフリカ諸国に出張で行って同じ景色を何度も見ているので、奇異な印象は全くなく、むしろ懐かしさを感じた。

しばらく走ると広大なバスターミナルに出た。停止してみる。

バスの発着場所には大きな荷物を持った乗客たちがたむろしている。全員黒人だ。
ターミナルは舗装されていないので、バスが発着する度に埃がもうもうと舞う。
停まるとすぐに、サッカーをやっている黒人の子供たちがものめずらしそうに車をとり囲んだ。

アンネマリーは運転席で顔をこわばらせている。

「アンネマリー、これがまさにアフリカの景色だよ。私は若い時によくニホンタイヤの技術サービスの人に同行して北アフリカや西アフリカに出張した。その時に必ずこんな埃っぽくて雑然としているバスやトラックのターミナルに行ったものだよ。タイヤのブランド別装着率や空気圧状態の調査をやって、その市場でのタイヤの使われ方を知るためだ。その時にいつも子供たちが群がってきて、『カラテ、カラテ』といいながらとり囲むので『シッシッ』と追い払ったものだよ。思いだすなあ、何だか故郷に帰ってきた気分だ。外に出ていいかな?」

するとアンネマリーは、
「とんでもないです。ここは南アフリカですよ。危険ですから降りてはだめです、早く行きましょう」
と真っ白い顔をしてたしなめた。

黒人たちを乗せて超満員の一台のバスが、土煙を上げて出発していった。
目的の物故社員の家はバスターミナルからほど近いところにあった。

レンガを積んだだけのような壁、トタンの屋根が飛ばされないようにコンクリートブロックで押さえているバラック状の建物が不規則に散らばっている。

一応番地はあり、その一角に物故社員の家はあった。

中に入ると、八畳位の一部屋にベッドが一つある。床にはカーペットとゴザのような敷物がしいてあるが、所々赤土がむき出しだ。

入口の左側にキッチンがあり、小さなシンクとかまどと水ガメがある。

トイレとシャワー室、洗濯場は共同のものが近くにあるらしい。子供は中学生の男児二人と小学生の女の子一人がいるそうだが、この時は三人ともいなかった。

高倉は自分が子供の頃に住んでいた九州八代の前川端にあった家を思い出した。もちろん畳の家ではあるが、装備としてはこんなものであった。近くにある共同井戸に水くみによく行ったものだ。

奥さんらしきやや太めの黒人女性にアンネマリーがお金の入った袋と食料品詰め合わせのようなものを渡し、少し話をしていたが、英語がほとんどわからず会話にならないようだ。

この残った家族はこれからどうやって生きていくのだろう。アパルトヘイトは廃止されたが、黒人の生活は全く改善されていないのではないか……と、彼は部屋を見回して、あわれに思うとともに、何か腹立たしさを感じながら物故社員の家をあとにした。