「えっ、白人と黒人で給料がそんなに違うのか……それはおかしいぞ」
「黒人は下働きが主体ですからおのずとそうなると思います」
「そうかもしれないが、同一職種は同一賃金という考え方で分析する必要があるな。それはそれとして、現在三千人の従業員を二千五百人体制にしなければならないということだな。問題はどうやって実行するかだ……」
彼らはコーヒーを飲みながらじっと考え込んだ。外にはとっくに夜の静寂(しじま)が訪れ、他のスタッフは皆退社し、静まり返ったオフィスには二人だけしかいない。
塀の向こうの道を通る黒人の白い歯がうごめいているのだけが見える。歌をうたっているのだろうか? 彼らのリズム感は天性のものだろう。実にリズミカルに動いている。
窓のカーテンを閉め、しばらくの沈黙の後に秋山が口を開いた。
「人員削減するのには、インセンティブをつけて早期退職を募ることになるでしょう。ポストを無くして強引に首を切るのも、この国では出来ないことではないです。但し黒人を解雇するのは難しいと聞いています」
「リストラはやりたくない。それをやったら従業員のモラルが落ちて、商品を売る気も失せる。人件費は下がったが、売上げも下がるのでは意味がない。この会社を立て直すには経費を落として、しかも売上げは伸ばさなければならない。従業員のモラルを下げずに人件費削減をしていく必要がある。それをどうやってやるかだ。あまり時間はないが、もう二、三日考えてみよう」
そうして彼らはこの夜は引きあげた。
※本記事は、2020年9月刊行の書籍『アパルトヘイトの残滓』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。
【主な登場人物】
高倉譲二 マキシマ株式会社社長 七洋商事より派遣
アンネマリー 同社社長秘書
アンドルー・レクレア 同社カンパニー・セクレタリーのちに社長室長
ピート・ダン 同社倉庫係のちにケープタウン店長補佐
秋山峰雄 同社社長室長 七洋商事より派遣のちに経理財務ダイレクター
斉藤和夫 同社技術ダイレクター ニホンタイヤより派遣
シェーン・ネッスル 同社周辺国担当マネージャー
ケニー・ブライアント 同社前社長
ロッド・モーロー 同社管理担当取締役
トニー・コッペル 同社経理マネージャー ジンバブエ撤退担当
バート・グッドマン 同社販売担当副社長
ピーター・マステン 同社株主ポート・エリザベス在住
ザリレイ・マゲス 同社新株主代表 マゲス・エンジニアリング社社長
ジャンポール・ゲタン 同社ケープタウン店長
ポロ・マルハン ブラック・グリップ社(BG社)社長
ピーター・コナー ブリット銀行CEO
クバネ氏 ジンバブエ元外交官 現ANCメンバー
佐々木氏 TM銀行駐在員事務所所長
山川取締役 七洋商事東京本店
亀川常務執行役員 七洋商事東京本店
鈴本専務執行役員 七洋商事東京本店
風間部長 七洋商事物資本部
高倉洋子 譲二の妻
【前書き】
本作品内に差別的な発言や表現がありますが、二〇〇〇年代の南アフリカを舞台にした作品のテーマを損なわないようにしたものであり、差別意識を助長させようとするものではありません。