【前回記事を読む】父はバクチ好き、母の米屋だけが頼り――かつて裸足で雪道を通った少年が、85才で「明日死んでも悔いはない」と語った理由は…
第1章 清水三雄の複々線化人生
兄弟の犠牲と「大きな恩」
私が中学校、高校へ進学し、後に立命館大学へと進むことができたのは、ひとえに兄弟たちの献身的な支えがあったからです。
兄弟の上の方の兄は、自分の夢を諦め、一家の家計を助けるために昼夜を問わず働いてくれました。長兄は家業の米屋を手伝い、次兄は京都の呉服屋へ丁稚奉公に出され、厳しい徒弟制度の中で働きました。彼らが学費や生活費のために自分の進路を断念せざるを得なかった事実は、私にとって一生忘れることのできない大きな恩です。
彼らの犠牲の上に私が学べる機会を得たという事実は、私に「ただの学生生活を送るわけにはいかない」という、並々ならぬ責任感を植え付けました。彼らの献身は、私が社会に出てからのあらゆる挑戦の原動力となりました。
私は決して環境のせいにして立ち止まらない人間になろうと、強く決意し、彼らの夢も背負って生きることを誓ったのです。この原体験こそが、私の人生における「勇気と挑戦」という哲学の揺るぎない礎となりました。