浜田は郊外のベッドタウンに両親と同居していたので、都心の大学への長距離移動は言わば宿命である。
しかし、新快速を使えばかなり速くかつ快適に移動できる。その時間は講義の直前の準備に充てられる貴重な予習時間であり、読書の時間であり、一種の書斎にいるような時間でもある。講師業はラッシュアワーとは無縁なので、そのようなこともできる。
室町学院大学の他にも古都国際大学などの担当大学があって、週のうち三日か四日くらい講義に出かけることが多い。一回の講義は三時間程度である。こう言うとよく言われるのが、
「よく三時間もずっと話していられますね」
というセリフである。しかし、試験に必要な知識や問題のノウハウなどを話していると、三時間くらいはあっという間になくなってしまうというのが、講師の正直な心境というか実情である。
他の日はと言うと、授業の予習をしなければならない。「予習が仕事、講義は集金」である。ただ、なんだかんだ時間を作って、週末は野球やサッカーやバスケの観戦に行ったり、演劇を鑑賞したりしている。韓国語の勉強も再開し、テレビの語学講座を視聴している。
そんな浜田の病状はというと、何回か再発はしているものの、ここ何年かは比較的落ち着いている状態である。
以前入院したときからの主治医である中江という先生のアドバイスに従い、朝昼晩食事を取り、定期的に服薬を行い、睡眠を十分取ることができている。若干気分の波があることは否めないが、それは多かれ少なかれ誰にでもあることとも言える。気分障がいだから落ち込むとか、そういうことではない。誰だって落ち込むのだ。
『障がいは個性、薬は心のサプリ』。これは主治医の中江先生に言われた言葉である。
中江先生の下には、二か月に一回定期的に通って、病状維持のための薬をもらっている。その人に合った適切な薬を定期的に飲んでいる限りは、病状がいきなり爆発することはない。強すぎる薬はもちろんいけないが、かといって薬を飲まないのが健康だという固定観念に縛られると、それもかなり危険である。
足の障がいがある方は車いすに乗る。目の見えない方は点字を使う。精神障がい者は薬を飲むのだ。薬を罪悪視する人は多い。しかし、多くの精神障がい者は薬を飲むことによって心の平安を得ている。車いすに乗っている人から車いすを取り上げる人はいないのに、なぜ精神障がい者だと薬が敵視されるのか。薬は心のサプリだ。
浜田は「障がいは個性」という言葉にかなり救われた。
浜田の人生にとってうつ病になったことは、人生最大の衝撃と言ってもいいくらいの出来事だった。公務員試験の社会学で出てくる学者ゴフマンの言うところのスティグマ(負の烙印)、つまりは異端者という偏見が、彼のキャリアに刻み付けられたのだ。国際省を去ったあと、抜け殻のような日が続いた。
自分の中のうつ病をめちゃくちゃにして、くしゃくしゃにして、こんなもん燃やしつくして、なかったことにしてしまいたいくらいだった。うつ病を恨んでいた。自分がうつ病になった宿命を恨み、神を呪った。
👉『先生、赤いデメキンの語呂合わせもお願い!』連載記事一覧はこちら
【イチオシ記事】雨でずぶ濡れの女を家に上げた。脱衣所に散乱した下着を見て、パンティーを出してやるのを忘れたことに気づき…
【注目記事】「僕らは相性がいいかもしれないな」——「ためしたら?」と言うと彼は、「僕の可愛いお嬢さん。いけない子だなぁ」と言って…
ゴールドライフオンライン(GLO)は、表現者を応援するウェブメディアです。
生身の人間が紡ぐリアルな言葉だからこそ、読者の心を揺さぶる力があると確信しています。
あなたも、"表現者"になってみませんか?
ゴールドライフオンライン(GLO)編集部:glo_henshu@gentosha.co.jp