はじめに

昨日まで、いや、さっきまで何ともなかったのに。

健康であったはずの自分が、一瞬でがん患者のレッテルを貼られてしまったのだ。自分は本当にがんになってしまったのか? いつからがんが出来ていたのか? どのくらい進行しているのか? 治るのか治らないのか? 社会復帰はどうなるのか? そしていつ死ぬのか? いろいろ頭をよぎった瞬間であった。

クリニックを開業して1周年の2023年4月に胃がんと診断されてから、手術と術後の抗がん剤治療を経験し、現在に至るまでの心境には様々な変化があった。特に突然の大量吐血をして救急搬送された日は、意識は清明であったものの、頭の中で何とも言えない不安やいろいろなことが巡っていたと記憶している。

その反面、自分は死なないのではないかという根拠のない自信と落ち着きがあったことも記憶している。それは自分ががん専門医であるため、何となくではあるがこの先どうなっていくのかが予測出来ていたからかもしれない。その中でも今まで自分が知りえなかった事実、きっとそうであろうと勘違いしていた患者の気持ちや現実があった。

そこで私自身の体験を踏まえて、医者と患者の2つの視点から、がん患者とその家族がこの事件(がん闘病)と付き合っていくための手がかりを述べたいと思う。というのも、私はがんの専門医としてこれまで患者や家族と向き合ってきたが、いざ自分ががん患者になると今まで考えていたことと違った事実が見えてきたからだ。

患者は自分たち医療者が思っている以上に、多くの不自由さを味わい、我慢や遠慮をしていることに気付かされた。自分も手術前の不安や術後の疼痛・後遺症に悩まされ、徐々に改善してきたとはいえ今でも不自由な生活をしている。

医者である自分がそうなのであるから、一般の患者であればなおさらであることが推測される。本当の患者の気持ちは、その場に立ってみないとわからない。そう思い知らされた。

特に、自分が強く感じたことの一つは、周術期といわれる「入院して手術を受けて、術後の回復期を経て退院する」といった一言で言えば単純に聞こえることの真実を、いかに自分は断片的にしか見ていなかったのかという点である。教科書には載っていない事実が本当は重要である。そのことは経験上感じ取ってはいたが、今回目の当たりにしてみてわかったことが数多くあった。

がんは命を脅かす厄介な病気である一方、現代社会ではだれもがなりうる身近な病気である。また、うまく治療すれば、長く付き合っていける病気でもある。自分がよく患者に言うことの一つが、「(一部を除いて)がんは交通事故のように即死はしない」である。そのため、今後のことを考えるといった、死ぬまでの準備期間があるという良いところもある。

もちろん、一言でがんといっても、病気の種類や部位そして進行度によって注意すべき点は様々である。自分はがん治療の専門医として、すべてのがん患者が「上手に生きる」ための手がかりが見つかることを願っている。そして、その「がん」という病気になって貴重な経験をしたので、それを形として残しておくのは何らかの意味があるかもしれない、と思う。

さっそく、自分の闘病について語りたい。それは、クリニックを開設して1周年を迎える目前のことだった。

 

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吐き気と腹部の不快感…「昨日の酒のせい」じゃなかった。昼過ぎにトイレで嘔吐し、塊混じりの吐血。この日が“闘病初日”になった。

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