【前回の記事を読む】彼女と別れた後、ホステスをやめた。あの仕事にはもう、ある“役割”がなくなったからだ。店で磨いた技術を使って……

11.あなたについて

「あなたは本質的には」と岩塚玲子は言った。天気を言うような声で。

「高校時代と、何ら変わっていないと思いますよ。人って、10年ちょっとではそう変わらないものですし」

「変わっていないって」私は言った。

声のトーンが、ほんの少しだけ、設計から外れた。

「それはどういう意味で言っているんですか?」

自分でも驚いた。言い返していた。計算なしに。

「そのままの意味です」と岩塚玲子は答えた。

余裕があるというより、怒りを怒りとして受け取ることに慣れているような落ち着き方だった。

「T高校でも、周囲をスキャンして、計算して、設計していた。今もそうだと思います。舞台が変わっただけで、やっていることは同じ。それが変わっていない、という意味です」

私は何も言わなかった。言えなかった。

岩塚玲子のブラシが止まった。止まって、また動いた。でもその1拍の間に何かが変わった。空気が薄くなったような、視界に薄い靄がかかったのような感覚。ブラシが顎の輪郭をなぞる。その動きだけが現実だった。

岩塚玲子は微笑んだ。今日、2度目の笑顔。こちらをおちょくるようなからかいでもなく、可哀想な人間をみるかのような哀れみでもなく、ただ静かに確認している笑顔だった。患者の余命を告げる直前の医師がこういう表情をするのだろうと、なぜか思った。

「1度も、本当の本山千晴を見たことがないですよ」

そこで止まればよかった。止まらなかった。

「あなたがかわいそうだとは思う」

ブラシはまだ動いていた。私の顔に触れながら、まるで私がそこにいないかのように続ける。

「本を読むのが好きだったでしょう。昔、授業中にこっそり読んでいるのを、見たことがあります。あれが本当のあなたなんじゃないかと、ずっと思っていました」

鏡の中の自分の顔を見た。完璧だった。完璧すぎて、怖かった。その完璧な顔をブラシで作り上げている岩塚玲子の手は、解剖台の上で動く刃のよう。表皮を丁寧に剥がして、その下にあるものを光にさらそうとしている。

やめてくれ、という言葉が喉の手前まで来て、消えた。

一言一言が、熱を奪った。

触れた場所から温度が下がっていった。指先から体温が逃げていくような。岩塚玲子のブラシが仕上げを終えた。ケースを手に取った。ドアに向かった。途中で1度だけ振り返った。何も言わなかった。ドアが閉まった。

鏡の中に私だけが残った。

完璧な顔が残った。