【前回の記事を読む】世間的には名門と呼ばれる大学に入った娘…離れて暮らす母に合格書類の署名を頼むと、3日後に送られてきたものは……

7.地獄でなぜ悪い

「挫折したことはありますか?」

来た。これは用意していた。

数学で初めて赤点ギリギリになったこと、模試の結果が思ったより悪くて焦ったこと。そこから勉強法を見直して、毎日必ず数学の問題を触るようにした。そして、それが習慣になったことを語った。

このことは決して嘘ではなかったが、なんだか自分にはなじまないというか、心に浸透していかないような違和感はあった。

そのことを語りながら、不登校の頃に入り浸った図書館の映像がなぜか浮かんだ。

少しでも自分のセンサーが引っかかれば新書だろうが図鑑だろうがなんでも読んだ、あの図書館。カウンターの老婦人が何も言わず見守ってくれた、あの図書館。老婦人がさり気なく出してくれた緑茶の香りが広がる、あの図書館。

あそこには家と違って、損得がなかった。プレッシャーがなかった。そして、居場所があった。

インタビュアーが私のお手本かのようなエピソードに「素晴らしいですね」と相槌を打った。そして、それに私も口角を吊り上げて頷いた。

あの老婦人は今もあの図書館にいるだろうか。

私は最後に行ったのがいつか覚えていない。少なくとも高校生になってから入っていない。

そして次に、別の顔が浮かんだ。

本が床まで溢れた、あの部屋。彼と本のことについて熱心に語り合った、あの部屋。高校時代に唯一自分らしくいられたわずかな時間を過ごした、あの部屋。

なぜ今それを思い出すのか、説明できなかった。できないまま、インタビュアーの次の質問に答えた。口が動いていた。頭は別のところにいた。こういう時、口というのは優秀な自動化機械だ。家主が不在でも喋り続ける。

彼はまだバイト漬けの日々を送っているのだろうか。私が勧めた作家の本を買い続けていてくれるだろうか。そして、私のことを覚えていてくれているだろうか。

そんな問いが浮かんで、すぐに沈めた。沈めようとして、うまく沈まなかった。

インタビューが終わって、校舎の廊下を歩きながら、私はふと思った。

私は天国には行けない。

宗教的な話じゃない。死後の世界を信じているわけでも、神様に許しを乞いたいわけでもない。もっと単純で根本的な話だ。