【前回の記事を読む】狭い男の部屋に5回も泊まったが、身体の関係はなかった…彼と話していくうちに捨てていたはずの感情が、再燃してしまい……

7.地獄でなぜ悪い

K大学の指定校推薦が決まったのは、11月の肌寒い朝だった。

担任から「おめでとう」と言われた。笑顔で返した。クラスメイトに「すごい」と言われた。笑顔で返した。SNSに「嬉しい」と投稿したら400ものいいねが付いた。全部笑顔で返した。

笑顔というのは便利なツールだ。何も言わなくていい。何も考えなくていい。口角を上げるだけで全部が丸く収まる。顔面の筋肉1つで世界との関係を滑らかに保てるなら、こんな低コストな社交術はない。

奨学金の面倒な申請書類を1人で記入しながら、保護者の署名が必要なことを知った。歯を食いしばりながら、母へ連絡した。必要最低限の文章で。消費カロリーが小さいであろう父に連絡する気にはどうもなれなかった。

返信は3日後だった。署名だけが書かれた書類が封筒に入って届いた。祝福の一言もなかった。私も一言も感謝の言葉を述べなかった。これが今の私たちの最適解だと思った。最小限の接触で、最低限の義務だけを果たす。感情のコストがゼロ。効率的だ。

K大学。世間的には名門と呼ばれる部類だ。だがそれほど私がこの結果に狂喜しないのは、私自身がその価値をそこまで信じていないからだ。

大学のブランドというのは、結局のところ偏差値という数字で測られた人間の選別結果でしかない。その選別を通過したという事実が社会的な通貨になる。使う。それだけ。

学問への純粋な渇望みたいなものは、今のところ私の中にない。あったとしたら、今後の人生では使わない計算方法を詰め込まれた小学生時代か、あるいは最初からなかったかのどちらかだと思う。

スクールカーストは最後まで崩れなかった。

3年間、1度も転落しなかった。これは自分でも少し驚いている。

カーストというのは本来、流動的だ。新学期のたびにクラスが変わり、関係が再編される。そのたびに私はリサーチして、標的を選んで、ポジションを確保した。3年で6回。6回全部、最上位近傍に着地した。

野球でいえば3割打者が3年間打率を維持したようなもので、これはそれなりの技術だと思う。誰も褒めないし、どこにも書けないが。

卒業アルバムの写真撮影の時、私は中央付近に立っていた。偶然じゃない。立ち位置というのは交渉やそのコミュニティでの力関係の産物だ。

インタビューの話が来たのは、推薦が決まって2週間後だった。

中学生向けの入学案内パンフレットに掲載する、成績優秀者へのインタビュー。T高校から選ばれた3名のうちの1人。担任が嬉しそうに言った。

「本山さんにぴったりだと思って」

ぴったり。なるほど。私は外から見てそういう人間に映っているわけか。

努力する優等生。輝かしい高校生活を送った模範解答。

パンフレットに載せるにはうってつけの顔と経歴。典型的なエリート。

断る理由がなかった。むしろ積極的に受けるべき案件だった。