はじめに

今から60年前の昭和41(1966)年。「丙午(ひのえうま)」と呼ばれる年に、私は生まれました。

当時の日本は、高度経済成長期の真っ只中にありました。「もはや戦後ではない」と言われた昭和31(1956)年からすでに10年が経過し、先進国の仲間入りを目指しまっしぐらに歩みを進める日本で、世にも珍しい社会現象が起こりました。この年に生まれた人の数が、前年に比べ何と46万人、25%も少なかったのです。

人口ピラミッドに明確に表れる大きな出生減を引き起こした原因は、「ひのえうま生まれの女性は気性が荒く、男を食い殺す」という根拠のない迷信によるものでした。経済成長の波に乗って科学立国を目指す日本で起こったこの現象は、大変ショッキングでした。

その結果、私の学年はクラス数が突出して少なく、受験や就職で大いに有利だろう、競争が少ないためのんびりとした生徒が多い、などと言われ続けました。

では、実際はどうだったでしょうか。

「ひのえうま」を含む前後の世代は、上に団塊の世代、下に団塊ジュニア世代という大きな層に挟まれて、的確に表せるような特徴に乏しく、存在感が薄いように感じられます。人口ピラミッドでいえば「くびれ」の世代。

これは新しい流行を生むような、消費動向を左右するマーケティングの対象として魅力がなく、世間からさほど注目されない世代であるように思います。