【前回記事を読む】今朝知り合ったばかりの男にデートに誘われ…いい年して、好きになっちゃったかもしれない。あの女性に対する罪悪感もなくはないが…

「冬隣」

まだ胸がドキドキしている。でも彼はあまりゆっくりしている時間はないはずだ。現に足元にはボストンバッグが用意されており、テーブルの皿も空だった。真っ直ぐ駅へ向かう格好だ。

「そろそろ行くんでしょ?」

料理を手に席に着くと尋ねた。連絡先を自分から聞く勇気はなかった。

「うん、あと十分てとこかな」

咲元はコーヒーカップを手に取った。

「で、連絡先の交換してなかったと思ってさ。昨日は本当に楽しかったから、このままじゃもったいないよね、きっと紫さんもそう思ってくれてると思うから」

コーヒーを飲み干すと咲元は続けた。

「向こうで会える? 横浜案内して欲しいな」

一気に周りが花めいた。春が来た、というのはこういう感覚か。

「ええ、もちろん……いいわ」

やっとの思いで頷くと、震える手で携帯を出した。顔が赤くなっているのが分かる。落ち着け、いい年して……。咲元はあくまで爽やかに微笑むと席を立った。

「じゃあ、連絡するよ。またね。行くよ」

恋愛偏差値の低い紫には、昨夜の寝不足も手伝ってめまいが起きそうな事態だった。朝食はそこそこに済ますと午前中はベッドに横になることにした。すると早速ラインが来た。新幹線からだった。

甘すぎず馴れ馴れしすぎず、上手にリードしてくれる咲元は自分にはもったいないと思える相手だった。紫は地に足が着かない状態で午後一人で買い物に出かけながら、咲元と何度もラインをした。早々にホテルに戻ると荷造りにかかった。明日、帰ろう。