【前回記事を読む】隣の部屋の男から誘われた。つい昨夜、別の女性と愛し合う“あの声”が聞こえたのに、今度は私? 不審には思ったが…

「冬隣」

少し安堵している自分がいた。この二人の恋の行く末がどうなるか見届けたい気持ちもあったし、ずっと恋愛どころじゃなかった紫は、ブラックな仕事を辞めたとたんにこんな形でちょっと好みの男性と知り合うなんて、嘘みたいなこの事態にときめき始めていた。そう、ちょっと、好みだったんだ。

ただ、浮気の当て馬にされると思ったら迷惑だし、こんなところに彼女が現れるのも勘弁してほしかった。しかし彼女がいなくなったとたんに声をかける男だ、今だけのことだろう。

「ここに行く?」

ガイドブックを手に、二人はノリ良く観光に回った。男性とデートするのは何年振りだろうか。いや、デートではないが。

海岸らしくシーフードをたらふく食べると、二人はお土産を見に移動した。彼は会社に買っていくと言った。紫は近々会う友人と、一応実家の家族に郵送しようと思った。

「無職だとお土産も少なく済むもんなのね」

「まあそうかも。僕も一人暮らしだから、そもそも旅行行くとか言わないからなあ。あ、でも僕も送ろうかな、たまには」

「それがいいわ」

咲元は浦安に住んでいるらしかった。紫は横浜、偶然でも会うこともないだろう。

「田舎はどこ?」

「金沢だよ、紫さんは?」

「同じ神奈川県内だけど、横浜からちょっと遠いの、山の方」

「ああ、丹沢とか?」

「そう、その辺」

曖昧に濁して答えた。

「僕もたまに山に行くよ。車だけど、緑に囲まれるのはいいよね」

「そうよね、大山には鹿がいるのよ。私は運転できないから、田舎は不便で。金沢もいいとこよね、歴史があって。兼六園行ったことあるわ」

「うん、寒いけどね」