【前回記事を読む】同僚と“そういう関係”になって早2カ月。さすがに同僚を抱いた日は、恋人の狭い家に帰る気にはなれず…
「火点し時」
注文するとすぐに演奏が始まるべく、店内が薄暗くなった。ステージにはピアノと椅子が鎮座し、柔らかいライトを浴びた男は、座ったままサックスをろうろうと奏でた。生演奏の響きは体に心地良い。うまいのかはよく分からないが、少なくとも下手ではなさそうだ。
それよりも男のルックスの方が受けているのではないかと思われた。がっしりした長身の体付きと長髪、何よりちょっとクールな印象の二枚目っぷりはサックスと共にさまになっていた。けど、大分年上だな……。
周りの女たちは客もスタッフも、どうやらうっとりしているように見える。静子も同僚とこそこそ話しながら、目を輝かせているようだった。優人も二枚目な方だが、どちらかというと可愛い系だった。サックスの男は実際十は年上だろうか、大人っぽい……。
四曲ほどの演奏が終わると盛大な拍手が送られた。男は軽く挨拶した。抑えられていた店の照明が明るくなり、スポットライトが消えると、その男は座っていた椅子にサックスを置いて水を飲み、ステージに近いテーブルの客に声をかけ始めた。
「いやー良かったな、俺サックスなんて初めて聴いたよ。いいもんだな」
永村が呑気に感心した。
「そうだな……もっと飲むか?」
「俺は明日も仕事だから……あと一杯だけにしとくよ。ポテトサラダ頼んどいてくれ、トイレ行ってくるよ」
「ああ」
永村が行くと、静子がやって来た。ちらっとサックスの男の方を見ると、上気した顔で言った。
「どうだった? 良かったよね」
何でそんな嬉しそうなんだ?
「いいんじゃない……分からないよ、サックスのことは。ポテトサラダと唐揚げと、生二つ追加して」
静子が伝票に書き込んでいると、件の男がこちらのテーブルにやって来た。
「やあ、どうも。いらっしゃい」
近くで見ると汗が光り、彫りの深い顔立ちで、何と言うか……存在感があると言うのだろうか、圧を感じた。優人が口を開く前に永村が戻ってきた。