ボサード少佐

夜になった。

ボサードは体の痛みをこらえながら、徳間が街を出歩く時に借りているという濃紺の人民服を着た。徳間は「自分には大きい」と言っていたが、ボサードには少し小さいものだった。

中国服を着たボサードの姿を見て徳間が言った。

「どうしても金髪(ブロンド)が目立ちますね」

徳間はボサードを見ながら少し考えていたが、やがて、戸棚から竹で編まれた三角の「網み笠」を取り出し、ボサードにかぶせた。上海の中国人がよくかぶっているものだ。笠をかぶると、ボサードの髪は完全に隠れ、顔も顎のあたりしか見えない。

「ものすごく変ですが、見つかるよりはいいでしょう」

ボサードの姿を見て、徳間は申し訳なさそうに笑った。

「車は門の前に置いています。門の守衛は中国人民軍の兵士です。見つかると厄介なので、車に乗るまで、声を出してはいけません」

そう言った時の徳間は、もう笑っていなかった。

深夜零時を過ぎた。
徳間とボサードはこっそりと部屋を出た。

ボサードが寝ていた部屋は、一階の中庭に面している。建物は中庭を囲むように「ロ」の字に部屋が並んでいて、二階は回廊が中庭を囲み、一階と同じように部屋が並んでいる。

中庭の向こう側に人民服を着た中国人の男が歩いていたが、徳間を見ると手を上げ、左側に進むように手で促した。中国人の男が指した方向には、建物の外に出る門がある。

二人は建物の門を抜けて広い庭に出た。庭を取り囲むように二階建ての建物が整然と建ち並び、さらにその外側を塀が囲んでいる。建物が囲んでいる庭には池があり、月が明るく光を落とし、水面は鏡のように夜空と月を映している。池の周りには柳の木が植えられ、小路が続いている。

徳間とボサードは、塀の外に出る門に向かって、池の周りの小路を急いだ。