この夜を機に、柊は自らの信念を裏切って口を閉ざすようになった。その後も同じようなことが続き、徐々に言葉も行動も封じられていったのである。談合、裏金、暴力団の関与――警察組織に正義など存在しないことを、柊は思い知らされた。上層部は常に同じ言葉で柊の思いを封じた。

「上の判断だ」

「組織の和を乱すな。波風を立てても孤立するだけだ」

「家族のことを考えてみろ」

「何もかも〝お前のため〟だからな」

自分を押し殺して毎日の勤務をこなす一方で、柊自身も階級が上がり、責任の重さも増していった。やがて結婚し、娘も生まれた。事件明けでしばらくぶりに家に帰ると、急に成長している娘にたびたび驚かされた。

「守るべきもの」の重さが現実としてのしかかり、捜査の矛先も鈍りがちになる。組織の論理にあらがうたびに、人事異動という名の粛清に遭う先輩や同僚を見ながら、気づけば柊は正義の味方どころか、毛嫌いしていたはずの組織の従順な奴隷となりつつあった。

本部の組織再編に伴い、柊は本部捜査二課から本部組織犯罪対策課へと異動を命じられた。知能犯罪を追う「静」の二課から、暴力団や半グレと対峙する「動」の組対へ。二課時代の調査能力を買われての主任抜擢だったが、看板を掛け替えたところで組織の歪みが正されるわけではない。柊の心は、異動の日から一度も晴れることはなかった。

2013年7月。柊は、とある違法スカウトグループの内偵に全力を注いでいた。 その最中、「ターゲット周辺の女がマンションから飛び降りた」との一報が入る。現場は10階建てマンションの駐車場。転落したのは27歳の商社勤めの女性だった。

ニュースはいち早く「飛び降り自殺の可能性」を報じ、世間の関心はすぐに若者に人気の野外音楽イベントの話題へと移っていった。視聴者たちは、それを「よくある都会の悲劇」として瞬時に忘却したに違いない。

しかし、臨場した柊の目は誤魔化せなかった。 屋上のフェンスに残された、争ったような真新しい擦過痕。さらに聞き込みでは、近隣住民から「男ともみ合う声を聞いた」という決定的な証言を得る。

本部に戻った柊を待っていたのは、部下からのさらなる報告だった。

次回更新は5月3日(日)、8時の予定です。

 

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