セットリストNo.1(第一章)

9 I Need You–Maurics White

絞り込まれた2つの対極的な選択肢に対し、選ぶという行為以外には何も考えず、2つの物を同じ時間だけながめた後1つの品物を指差して。「これにする」と言った。『どっちを選ぶのかなぁ』そう思いながら、ケースの中の2つを見つめていた香子は、翔一の一言を聞いた時、リラックスしていたはずの体から、緊張感が溶けるように消えていく感覚を感じた。

宙に浮かんでいるような脱力感を全身に残しながら彼女は、翔一を見つめていた。彼は、迷わずに決めた最後の選択を、店の人に包装してもらっている。

商品の包装に没頭しているスタッフの背中を、2人はじーっと見つめていた。そして、何の前触れもなく同時に、同じことを訊いた。

「ねぇ、それって何?」

背中を向けて、仕事に集中していたその手からシャープな動きが消え、背中を小刻みに震わせて、「えっ!」と一言だけ。それを出すのが、やっとだったらしいがしばらく経って、背中の震えがやっとおさまった頃、彼はスマシタ表情をとりつくろってから、2人に向き直り

「これは、香台です。火をつけたお香を、置いておく台ですね。USAの若手デザイナーの作品で、昨日、お店に入ってきたばかりです」

彼はそう言いながら、丁寧に、包装された箱をガラスケースの上に静かに載せた。

「1万円になります」

2人が選んだ香台の包みに両手を添えて、少し前へ押し出しながら、彼はあまり大きくない声で言った。翔一はポケットから、財布を取り出して支払いを済ます。スタッフは、受け取った代金をケースのこちらからでは見えないが、たぶん金庫の上に置いて、

「ありがとうございます」

その言葉とともに、両手を添えた品物を翔一に手渡した。彼が、2人の選んだ品物を、最後迄丁寧に扱ってくれたこと、それには感心していたが、差し出された箱を受け取るとき思いっきり無表情な顔をした翔一が、箱を手渡そうとする相手の目に、視線を向けたままこう言った。

「もしかして、さっき笑ってた?」

香子は、翔一の隣からさらに無表情な眼差しを、スタッフに向けている。スタッフは、目の前にいる2人の顔を、あたふたと落ち着きなく交互に見てから、

「はい、笑ってました。すいませんすごく絶妙なツボに入っちゃって、耐え切れなかったっス」

今風の若者が、よく使う言いまわしを使って言った。2人は、素直に頭を下げている彼が使った言葉の中に、人の良さとユーモアのセンスを感じたから、その表情に微笑を戻して、

「今夜、僕たち2人が初めて出逢ったという思い出の中に、君もスペシャルゲストとして、永遠に、出演することになったんだけど」

翔一が言う、香子もそれに続けて、「嬉しい?」と、訊く。

すると彼は、人懐っこい笑顔見せて嬉しそうに、「もちろんです」と、言ってくれた。彼は、その言葉に付け加えて

「じゃあこれを、お2人に僕から、プレゼントさせてもらえませんか?」